カテゴリ:美術( 31 )

東京国立近代美術館

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工芸館
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学生なら70円で入れます。
撮影シール貰えば作品も写真撮れます。

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本館ではイタリア現代陶芸の巨匠のカルロ・ザウリ(1926-2002)の展示会がやってます。
今まで自宅にずっと保管してあった世界初公開の作品も数点あります。

行ったらたまたまギャラリートークがやっていて聞いてきました。
今回は特別に作品に直接触らせてくれました。
「ザウリの白」と言われる薬品の特別な調合によってできた作品はザラザラしててツルツルしている感触。

壷やマジョリカ焼の色もどこかに連れ去っていくかのような綺麗さでザウリの技術力・感性に脱帽です。

イタリアの大地から発想して作られた彫刻作品群はまるで海底の奥深くから獲ってきたものかのような感じ。人工的に造られたとは思えない。どこまで意図してつくっているのか伺い知れない奥深さを供え持つ。

ザウリは晩年に痴呆症になってしまう。
そのときの作品はやはり評価されないもので、今回は初期から痴呆症になる前までの作品が展示してあります。

陶芸や彫刻が好きな人は行ってみては。
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by tokup_nao | 2008-06-22 09:22 | 美術 | Trackback | Comments(2)

サラ・ジー展

d0086747_464841.jpgサラ・ジーは1969 年ボストン生まれ、現在ニューヨークを中心に国際的に活躍するアーティスト

子供が積み木をどこまでも積み重ねていくそれと同じような


ジーは日用の道具を並べたり、結んだりしながらアートとしての総体をつくりだす

ある指揮者の元に集まったもの達は一方で綺麗に並びながらも、床に沈んでいくものや、列を外れてしまうものや、全く検討違いなことをしてるものや

普段目にしているものが生き物であるかのように見えてしまう

ジーの作品は人の心に素足でやさしく入り込んでいってしまう美しさとおもしろさがる

とてもよかったです


日本では初の個展です


メゾンエルメスにて
2月08日~5月11日
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by tokup_nao | 2008-04-20 02:06 | 美術 | Trackback | Comments(0)

マリオ・ジャコメッリ展

d0086747_23513286.jpg2000年に亡くなったイタリアの写真家マリオ・ジャコメッリ展が東京都写真美術館でやってます

地方の文化に自らを溶け込ませ浮遊させたかのような写真群

あ、きれいだな と思って手に取ろうとしても指の間からするするほどけて、でも以前とそこにふわふわと漂うかのような

誰もが持っているはかなく無限の人間の根源に触れてしまったかのような

これこそが「生と死」なんだろうか


なんて美しいのだーー
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by tokup_nao | 2008-04-13 00:10 | 美術 | Trackback | Comments(0)

ゴス展

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今月の26日まで横浜美術館でやってるゴス展に行ってまいりました。HPで動画が見れます。
前からグロテスクアートには興味があってやっとそっち系の作品を見れました。
でも、作品をいざ前にして見てみるとそれが案外綺麗で思った以上にグロくありませんでした。
いやグロといえばグロいんだけど、若干心地よいグロさに巧妙に作られているとでも言うのでしょうか。まあ全部が全部そういうわけではないんですが。
それぞれの作家でゴス・ゴシックの狙いどころやテーマが全く違うので多方面からゴスに触れ合えます。
ピュ~ぴるの作品で一番印象的だったのが男の性器の写真。でもそれがすごく女性っぽくていや実は女性だろ!っていうぐらいの感じで鑑賞者を捉えどころのない気持ちにさせる。
d0086747_22502913.jpg←束芋さんの指がこんがらがっている360°の映像も怖いんだけどボケーーーとみたくなるような魅力がある。たまにミシンがやってきて手を縫ってしまったり虫が飛んできたり、悲惨な光景の中にもリズムがそれなりにあってそれがあるから何かを期待させながらしばらく魅せられてしまうのかなと思った。光が綺麗なのが返って皮肉っぽいなとも感じさせる。

d0086747_22495068.jpgリッキー・スワローの彫刻はもう正統派ゴス美術って感じでとにかくかっこいい。頭蓋骨がモチーフとして世界中で愛されるわけがわかった気がします。美しいんですよ。
そんなかっこいい作品の中に寝袋のような笑えるけど技術力を見せ付けるようなものもあってよかった。日本初公開です。
吉永まさゆきのポートレイトは日本のサブカルであるゴスロリをちょっと応援しているようで微笑ましかった。来館者の中にも結構ゴスロリさんが入らしてて注意深く一つ一つ噛み締めるように見えていたのが印象的だった。
アキバ系が世界に発信していったように、ゴスロリが逆輸入するかたちで世界に発信していくのだろう。あーー日本のサブカルはなんてクレイジーなんだーーーw

ぼくがいったのは3/22でピュ~ぴるのパフォーマンスが丁度やってて、それはいやもう開いた口が塞がらないものでした。モンスターが次第に女性になっていって花嫁になってめでたしめでたしという感じで。意味がわからないけど目が釘付けになってしまったw

どこか共感できるとこがあればいいなと思っていって、まあできる人もいれば全くできない作品もあったり。その揺れ幅が今回は激しかったのでそれはそれで楽しめましたーー。
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by tokup_nao | 2008-03-24 23:14 | 美術 | Trackback | Comments(0)

ART IS FOR THE SPIRIT

森美術館にしてもサントリー美術館にしてもグローバル化に行き着く先の反省が少しずついい形に出てきたのかなと思う。というのも、森美術館のコレクションはアジアのアートを特化するという方向性をもっている。僕はこれがすごく気に入ってて、東京には海外のものばかりで外国の人がアジアの代表国として日本に来たときに愕然としてしまう。しかも、様々な国の様式が入り交じりながら混在している。もうアジアの混乱を見に来たようなものになってしまうわけ。その混乱具合はそれはそれで面白いと言う人もいるけれども、もっとその混乱も含めアジアの総括としての美術館があるといいと思う。サントリー美術館は名前はダサいけど隈さん設計の綺麗な建物だし、日本をテーマにした美術館がやっと東京にできたかと。国立新美術館はNationalgalleryなのに母国の作品の常設展がない。ないはずがないのにない。公募展のみで成り立つNationalgallery(悲)。ポンピデューセンターにフランスの作品がないようなものだよ。日本の歴史にはアートがありませんと世界に宣言しなくてもいいのに。でも本当は立派に存在してたし今でもしてる。日本画や漆などの伝統工芸の他にも俳句、茶道、華道、剣道、武士道と生活に関わるものを何でも芸術にまで昇華してしまう感性があるのに。なので新美術館は黒川さんの円錐も好きになれないしあんま行ってません。

d0086747_25703.jpg本題に入ると、今やっている森美術館の展示会に行ってきました。
スイスに拠点を置く金融機関UBSの現代美術コレクションの展示でした。
会場は「ポートレイトから身体へ」「造られた世界」「ランドスケープから宇宙へ」の三部構成になっていて、進むにつれてスケールが次第に大きくなっていきます。

トーマス・ルフのパスポート写真みたいなポートレイトはサイズが大きいだけでこれだけ抽象的になってしまうのかと驚いた。彼がいうように「写真はそれ自体のリアリティを持ち、自主的な存在となる」の意味が体験でわかる。
チャック・クロースの《セルフポートレイト》は大き過ぎるくらいに書くことで細部に目を引きつかせてグリッドひとつひとつ小宇宙のような塊の集合体としてのポートレイトを認識させる。所詮人間は総体としてのその人を見て認識しているんだというかのように。人が見ることができないミクロなレベルなまで見れたら宇宙に繋がってるんだと。
シュテファン・バルケンホールの《柱像:男》《柱像:女》やフィッシュリ&ヴァイスの白い女性の作品はすごく平凡で、何もなさそうな人。何もないけど存在感がる。それは人だからであり、人間性の象徴でもあるような。『潜水服は蝶の夢を見る』っていう映画で「人間がすべてを無くしたときに人間性にすがって生きるんだ」と言ってたのと同じようなものを感じる。この作品は静かに力強い。
ツァオ・フェイやチェン・ジエレンの動画は経済至上主義の批判がもろに出てて「日本人の責任で中国は!・・・」みたいなことになっててちょっと心苦しかった。でももちろん映像としては綺麗。アンドレアス・グルスキーも《99セント》もそうだ。オスカル・ムニョスの消え続ける人の顔の絵の動画は生まれては死んでいく人。桜散る美しさ。

ポートレイトだからその人の個性だったり躍動感がテーマと思いきや見事に裏切ってくれる。それと同様に建物を抽象化するトーマス・フレヒトナーの《寒冷》やサラ・モリス、ジュリアン・オピー、ゲルハルト・リヒターのようなものもあった。でも建物に残る人の存在感を感じさせるダグ・ホールやカンディダ・へーファーの写真も静かに美しい。
それとは逆に宮本隆司の阪神大震災でぶっ壊れた建物の写真の数々は荒々しく激しい。これを美しいといってしまうと被災者の方々に反感を食らってしまうかもしれないけど。でも正直なとこ、壊れかけの建物を見るとわくわくしてしまう。ビルの解体現場があると衝立の隙間から除くし、「戦場のピアニスト」に出てくるような壊れ果てた町を見ると変な感動をするし。たぶん、人間にはぶっ壊れるときの感動みたいなのがあるんだな。破壊願望みたいな。その考えをさらに後押しするのが、畠山直哉の《プラスト》だったりする。


こんな感じでいろんな種のアーティストがいるので誰かしらとピントが合うはず。是非足を運んでみては。
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by tokup_nao | 2008-02-29 01:24 | 美術 | Trackback | Comments(2)

『SPACE FOR YOURFUTURE』

東京都現代美術館でやっている展示会についていってきました。
(公式HP→http://www.sfyf.jp/)


今回の展示のテーマはSPACE

空間、間、距離、大きいと宇宙とまで訳せるSPACE


共感できた作品は、未来的なものを感じさせつつ、僕らの今の日常の感覚で感じ取れる近未来SPACEでした。

未来的なものを提示しながらも、どこかしらの感覚で人に共感させるものがあるもの。

そもそもその「YOURFUTURE」をどこに位置づけるかで問題もかわってくるんだけど、僕は近未来であってほしい。
この現代の誰もが持っている感覚を一ひねりすると見えなかった「YOURFUTURE」がすぐそこに見えてしまうような。
あー、僕らが夢描いてた未来なんてこんな近くにあったんだなと思わせるものがキュンときた。

中で気に入ったのは石上純也の「四角いふうせん」
d0086747_1282297.jpgぼんやりと外眺めたときに、外の雲の形や光がゆっくりと刻々と変わっていくような、静かに柔らかく空間が変容していくような感覚は確かに味わえたことが驚きだった。ふうせんが空調かなんかによってわずかにふわふわと移動していく。そしてふうせんと壁とか床の距離というか空間が時間と供にじわじわと変わってしまう。それが見てると不思議と心地いいんだ。新鮮でもあり子供の頃に味わったことのあるような心地よさ。
これは本人も言うようにアートなんだけれども、もしこれが実際に建築として僕らの日常に現れようものなら、そこは間違いなく未来だなと思う。
つまりこれが日常の感覚で未来を見つけさせてくれることなんです。

あと他には、Luca Trevisani(2007フルラ芸術賞受賞作家)がメジャーでひたすら室内の寸法を図るビデオインスタレーションがよかった。
d0086747_1585068.jpgシュールで少し面白いんでけどかっこいいみたいな、何かよくわからないんだけど、ボケーと見たくなるよな。
少し暗めの逆光の部屋でメジャーを伸ばしてパキッ!て折れて地面にぶつかってその音全てが室内に少し響いて、またメジャーを縮めて伸ばしてパキッ!・・・ 
何気ない映像に見えるんだけど、人の動作、ものの振る舞い、カメラのアングル、音、光などなど、それらが時間軸の上にのって総合的に人の感覚にどう伝わるか裏でめっちゃ考えてそうな作品ですな。
これはまさに日常を写した映像なんだけど、その日常という枠というか柵の中で新しい感覚を呼び覚ましてるとこがいい。
Shaun Gradwellのビデオにもそれとにたものがあった。誰にもある人間の身体の鼓動が作り出す雰囲気なような部分というか。


今回は友達と2人で行ったのだけど、この作品はこういうことを言おうとしているよー、いやいやそうかなーとかあーだこーだ言いながら回ってました。
また時間を見つけては行こーー。
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by tokup_nao | 2008-01-20 01:28 | 美術 | Trackback | Comments(0)

スネカジリ展

d0086747_0493939.jpg今週の火曜より蔵オビハチにてグループで展示会(スネカジリ展)をされるMさんに独占インタビューを決行しました。
若い人が初めて自ら展示会に挑むその心境とは、そこに迫っていきたいと思います。
(左写真はMさんによる幻想的な作品)


Q.今回展示をしようと思ったきっかけはなんですか?
きっかけは、もともと仲の良かった先輩方との「3人で一緒にやってみない?」という会話からです。きっかけは、ホントに些細なことでした。

Q.初めての個展になるわけですが、それにも関わらずMさんは金工という立場とは全く違う素材(OHPシートなど)を使用していましたね? それはどういうことですか?
いろいろと理由はあるのですが、今回この作品をつくった理由は「作りたかったから」というのが、一番適当な答えかと思います。

Q.フォトグラフィティとでも言うのでしょうか? 様々な表現がある中でそれに興味をもったのはなぜですか?
写真に興味を持ったというよりは、写真は1つの手段で、コンセプトを形にする方法として結果的に写真という素材を選びました。

Q.では、ずばり今回の作品のコンセプトとはなんですか?
最初は、「地層」がイメージソースになっていて、そうですねー。あえて簡潔に言うなら「時層」ですね。時の積み重なりです。

Q.時の積み重なりというのは普段一遍に感じることのできないものじゃないですか。人は断片的にしか時間を感じることができないものだと思います。それをあえて見せてしまう。そこにはどういう意図があるのでしょうか?
「あえて見せた」というつもりはありません。この作品自体が第三者に何かを訴えるものというよりはどちらかというと、自己満足な表現なんですよ。だから見せ方や配置などの点では鑑賞者を意識しましたが、コンセプトそのものは自己満足なんです。でも、自己満足の作品を作るってすごく怖い事なんですよね。「・・・だから?」で終わってしまう可能性が大だから。でも、あえて今回はそういう表現をしようと決めたんです。この展示は次のステージへの1つの階段でもあるので、今、自分は何を作りたいかと考えたときに正直、分からなくなってしまっていてやりたいことが多すぎてまとまらなくて、そんな自分の状況を形にしてしまおうとよくわかんなくなってしまってるけど、それが今の自分の状況で、それは、昨日があったから今日に繋がっていて、良い状況にしろ悪い状況にしろ、時が積み重なって過去があるから今になっていて、今まで撮りためてきた写真を使った理由はそこにあるんです。わたしが今まで見てきたものを素材として使う。なので、コンセプチャルで自己満足な作品なになっちゃったんですよw

Q.人に表現することで自分と向き合うということですね。では、最後に数少ないBebe'sの読者に一言お願いします!
私は、「悩む」ってことはあまり良いことではないと思ってたんです。むしろ、悪いことだと思ってました。それは心がフラフラしているってことだから。でも今回の展示を通して、悩むことは悪いことじゃないって思えるようになりました。悩むってのは、つまりは、自分の中に可能性があるってことなんですよね。可能性があるから悩むし、悩むべきなんだと思いました。長くなってしまってすみません。あと、展示期間中に多くの来場者の方との出会いが楽しみです。

「悩む」 一生のテーマですね。 忙しい中ありがとうございました。 (席を立ち握手を交わす)
ありがとうございました。
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by tokup_nao | 2007-09-10 00:49 | 美術 | Trackback | Comments(0)

芸祭2007

今年も行ってきたよー

芸大のお友達とビール片手に大学をぐるぐる回って
きたなーい製図室もみせてくれました

いやーー、あそこはカオスだったっす

そんで模型もちょろちょろ見たりして楽しかったーー

やっぱうちの大学に比べていい作品作ってる
自分の作品が幼く見えた

彼らは勉強してますよ

改めて思いました
うちの大学の環境にのんびり浸かってたらまずいなと

”SMASHED THE STATE”
「自分の環境というものを打破しろ」

そういうこと!

あーー、今回もいろんなとこからパワーを頂きましたわ
やるき出てきたぞーーー

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こちらはチープな音のシンセや電子音を四人で重ねていって楽しいライブでした☆
めちゃかっちょ良かったっす  はまるっす
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沢山の絵画が展示してあったんだけどこちらは中でも気に入ったもの
油の力強い感じもいいのですが
日本画の繊細さも素敵☆
岩絵の具独特の奥ゆかしさがあるわねーー
にしても渋い!!
これが日本の自然ってもんよ
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by tokup_nao | 2007-09-09 00:17 | 美術 | Trackback | Comments(2)

美術館の枠を超えて

また行きました。

20世紀美術探検

抽象的な絵とか なんも変哲もなさそうな写真や静物画

たくさん見てきた。


なにか意味があるのじゃないかと思って自分なりに考えて、友達に話すとすげーおもしろいことに気づいた。
やっと気づいた。

その作品を作った人はもちろん何らかのメッセージをその作品に込めているんだろう

でも必ずしもそのメッセージに一致させる必要はないし、作者が一つのメッセージ収束させたいわけでもない。

政治的だったり、手法論的に明確な主張があってそれを作品にこめることもあるけど。

でもある作品が作者から離れたときにもう作者とは無関係に突っ走ってしまう。それでいいんです。

だから、時代を超えてあるものが再読されたときに価値が出てくるときなんて多々ある。状況によって価値が変わっていくのもおもしろい。
逆に、瞬時として価値を失ってしまうことも。ユダヤ人の作品は全部焼き払えーみたいな。

現代人としての枠を超えて、価値ある作品を見出せることが出来たら開拓者になれるだろう。
丹下健三は1961年の時点で「携帯電話」を言及してたから驚きだーよ。


ダリはいう
私の絵を理解してもらおうだって?
書き手である私自身さえ、理解できないというのに?
だが、理解不能だから、その絵の確たる意味がないということにはならない。
逆に、だからこそ意味では一般にとらえられない、体系的で一貫した複雑且つ深く激しい意味を成し得るのである。          --1934--


何はともあれ人に激しく心をドライブさせる作品はよい作品であるっていうことですな。
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by tokup_nao | 2007-02-28 03:13 | 美術 | Trackback | Comments(2)

国立新美術館

行って参りましたよ。
黒川記章設計の国立新美術館
六本木ヒルズから目と鼻の先でかなりいい場所にある。
写真で見たときは、この建築ほんとにいいのかな〜と思っていたけどとんでもない。
エントランスに入った後の外のような内のような空間良かったです。
空間領域気持ち良かったっす。
写真じゃよくわからなんので一度行ってみてくれーー。 

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あと、やっぱ円錐好きなんだなーーとしみじみ。黒川の建築にはいつも円錐があるね。
今度、あの円錐の上でお茶したいなー。

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新しい美術館という感じはしなかったけど、黒川記章が今まで自分の気持ちいいと感じた要素が散りばめられている感じがした。
黒川らしい建築なのかな。 展示スペースは可動式の壁を取っ払ったらどのくらいの広さになるのだろうと考えると、息を飲んでしまうぐらいの広さ。

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あと、今20世紀美術探検っていう展示がやってて行って来ました。
美術好きな人はぜーーったい行った方がいいよ!!
展示してる量と領がかなり多いし広い!! かなりへとへとになる。
デュシャンの便器あるし。自分的には後半のモダンアートがかなり好き。
ジャクソン・ポロック好きだな。イギリスのテートモダンでも彼の作品(summer time)見たんだけどやられました。今回来てたのはNumber9。めちゃオーラと力感じますた。やられた。
理屈はわからないけど、見てて気持ちいいんだよなーー☆
いつか自分にもあんなオーラを出せる作品を作ってみたい。理屈を跳ね飛ばす力が欲しい。
コーネリン・パーカーっていう人の宙に浮いたつぶれた食器やトランペットもなんかよかった!!
写真のはマイケル・クレイグ=マーティンという人の作品。色と物体がパッパ変わって行きます。これも気持ちいい。

見たりないのでもう一回行きたいと思いまーす。あの作品に会うのもこれが最後になるかもと思うとなんか寂しい。
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by tokup_nao | 2007-02-14 01:08 | 美術 | Trackback(1) | Comments(2)


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by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)

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