ピアノハウス

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CGイメージ

母屋の隣にピアノを弾くための家を建てるという提案でした。
構造はお互いに支えあうレシプロカル構造を採用。

構造家、セシル・バルモンドが多用していることで知られています。

Reciprocal Frameで画像検索するだけで、その構造を使った事例がたくさん出てきます。
中でもナイフで支えあうこの写真が好きです。危ういグラスの上に安定した構造体。

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Photo by Alberto Pugnale


今回の提案ではシンプルに屋根を支える主構造としてのレシプロカル。
外からはわからないけど、中に入って上を見上げて「はっ!」となるようなサプライズがある場所になっています。
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イメージスケッチ






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# by tokup_nao | 2019-01-08 20:47 | 建築設計 | Trackback | Comments(0)

森美術館の「カタストロフと美術のちから」展を観て

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ミロスワフ・バウカ《石鹸の通路》(1993/2018)のイメージスケッチ

カタストロフ(catastrophe)とはフランス語で、「大きな破滅、破局」という意味。つまり、災害のおけるアートがテーマの展示でした。

復興するときに、臭いものには蓋を捨てしまう人たちがいる。そうなると、災害の記憶そのものがなくなってしまいかねない。アートにはそれをずっと残し続けるちからがあると思わせる展示だった。

展示の説明でもあったが、美術は直ぐに効く特効薬にはならないけど、長期的に見てみれば効果がある。災害が起きた時には、小さな時間軸と大きな時間軸の両方でどうして行くべきか考えなくてはいけない。

怖いものが、綺麗に見えたり、またその逆があったり。9.11の瓦礫の風景がパズルのピースになっていたり。綺麗な色の石鹸のいい香りの通路が、実はポーランドの抱える問題を象徴していたり。

ある物事に対して、感じるアプローチや回路を少し変えるだけでも、こう胸に突き刺さるものに変貌してしまうのが不思議だった。その不思議な強さがアートの存在理由であって、いつまでも考え向き合いたくなる奥行きが感慨深かった。

また、久し振りに現代アートに触れていいなーと思ったのは、鑑賞者の表情。色々な年代や国の鑑賞者それぞれが作品と向き合い考え耽る姿を見ていると、この鑑賞者あっての美術なんだなーとしみじみ。

森美術館でなければこれ程の作家を呼んでこんな展示はできない。展示期間は2019.01.20まで。豪華な世界の現代アーティストにいっぺんに触れられる貴重な機会。是非、足を運んでみては!



# by tokup_nao | 2019-01-06 16:32 | 美術 | Trackback | Comments(0)

落合陽一のデジタルネイチャーを読んで

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新年明けましておめでとうございます。
初詣でおみくじを引いたら大吉でした。
実家に帰っても寅年の私は今年は仕事運が良いと母に言われて、果たしてどうなることでしょうか。まだ、そのような兆候はないけど・・・。
自分にできることは限られていますが、とりあえず!与えてくれる機会に全力で答えるのみ!

2019年は昨年よりもより多くの本を読み、おもしろかった本はここで紹介して行きたいと思います。

映画も年々見る本数が増えている気がしますが、観てから考えさせるものを中心に紹介していきます。ただ、楽しかった!というより、見た後で少しでも自分の成長が感じられるもの、そんなものを紹介できたらと思います。

今年の本のテーマとしては、特に「歴史」の本を読んでいこうと思います。建築の本はもちろん教養としてちょこちょこは読みますが、その建築を自分の予期しないところへ広げたいという思いもありテーマを設けようと。

そこでなぜ、歴史かというと、最近は落合陽一さんにはまって彼の本を読んでいて、そこで歴史の引用がちらほらあり、歴史が弱い自分はどうしてもその辺りの理解が薄いと痛感していたからです。学生のとき日本史の面白さに気付けなかった・・・。
あと、自分がものをつくっていてもその作品を大きな文脈で語りたくても基礎的な歴史の話がすっぽり抜けていて・・・この弱い部分を少しでもなくしていきたい・・・。
近代の脱却をするものを創りたいのに、近代の本質をちゃんと理解していないとな・・・と思ったわけです。

ということで、今年最初の本は最近気になる落合陽一さんからのデジタルネイチャー。昨年末からダラダラと読んでいて、理解するのに難しくてやっと正月に読み終わりました。彼はなんと1987年生まれ。この若さですごい教養と活躍。

この本でやっぱり気になったのが、歴史からくる思想の問い直し。落合さんが東洋思想や日本に元々ある価値観などが非中央集権的に合うと幾度となく書かれているのは、近代に比べて2000年以降は変化のスピードが益々加速していくので、技術の発展に思想が全く追いつかなくなってしまうことに危機感を感じているようにも思いました。
そして、日本こそ、これからの時代にいける!と、ものすごくポジティブな姿勢が貫かれているのが未来の本に関わらずとても安心して暗い気持ちになれず読めて良かった。
落合さんはやはり理系の人間なので、これからどうなるかということを淡々と語る。それが良い悪いと言う前に、まず事実としてどうなっていくか。機械も人間も動物も自然も何もかも、どっちが上とか下ではなく同列になっていく。それらは今までの西洋をベースとした思想では語れなくなる。西洋のお方が書く未来の本や未来の映画は一神教ベースなので、その姿勢と比べると落合さんの主張は全然違う。これからの世界を想像すると他宗教的な価値観がしっくりくると私も思いました。

AIやデジタルネイチャーの発展で生身の人間自体が曖昧になっていく中、恐らく今までに以上に人間の定義が必要になっていく!ということだろう。
最後にあとがきを引用したい。

つまり、これからは実践者としての価値が今後、思想とともに重要になるだろう。考えながら手を動かし、思想を語り、波を作る必要がある、そこに必要なのは日々毎に、集中力の高い、永い現場を、高速で切り替えて、積み重ねる鍛錬だ。瞬間の価値は、デジタルの永続性に切り取られ、補償される。生も、死も、一瞬一瞬が一つのオプションである。p.276

落合さんの本の中では一番難解な方ではあるけど、本当に言いたいことを遠慮なくぶち込んだ本で、本人の意気込みが感じられた。若いときの茂木さんの本を読んでいるような熱さがあった。
二度は読んでほしいといっているのは、遠慮なく落合言語をたっぷり使って書いてしまったからよーく読んでみて!ということだと思う。
確かに理解しきれないところも多々あったので、また、時間を置いて二回目を読みたいと思います。難しいけど、また手を伸ばしたくなる本。もっと勉強してからまた読んだら、より楽しく読めそうです。




# by tokup_nao | 2019-01-04 18:27 | | Trackback | Comments(0)


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by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)

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