卒業設計の講評

OBの方々に自分でも気づかなかったような感謝感謝の講評を頂いたので今更ながらアップします。

鋭い指摘の数々です。
鷹に睨まれた蛙の様な気分です。

あーーーーー、がんばらなきゃな。悔し嬉しいな。







(これは講評です)

○刑務所という嫌悪施設を分厚い壁の中に塗りこみ、その塀の中で健全に人々が過ごして
いるという社会の縮図をひとつの施設で表しているのはよいアイデアだと思いました。
○ただ、図面の中で決定的に異なった二つの世界(表紙の世界と2枚目の世界)を同じよ
うな表現に してしまっていることは舞台の物語性を損ねているのではないでしょうか。
○外壁の曲面はとてもいいのですが根拠薄弱なのが残念です。敷地周辺のゾーンわけの根
拠となる分析がしっかりしていればと思いました。
○独房の中は一種の治療施設とも捉えられます。外部との関係がどのようになっているの
かを入れておいたほうがよいのではないでしょうか。そこでも一つの物語が生まれます。
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○制度上の大きな壁を文字通り表現し、交わることのない二つの種類の人間が活動すると
いうコンセプトは面白い。受刑者の一人一人が見る風景はどのように映るのだろうか。活
気あふれる街に出るためには、見えない壁が存在する。このような場所で受刑するほうが、
繰り返し犯罪が起きる可能性が低いのでは、と想像します。なぜなら、目の前にニンジン
をぶら下げられているような感じで、目の前に面白そうな世界が広がっているから。受刑
者にとっては辛いだろうけど。
○現実には実現が難しいであろうプログラムの組み合わせですが、それを上手く表現して
いて面白い。タイトルも模型の表現も面白く、こちらに伝わってきます。受刑者の一日の
過ごし方などをダイアグラムで表現すると、面白いかもしれません。
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○東京の拘置所のあるべき姿として、文化施設と組み合わせた拘置所を提案しているのは
面白い。しかしながら、相反する人間が居続けられる場所を提案しなければならない背景
の説明が足りない。説明が足りないため、なぜ渋谷でなくてはならないのか、拘置所だけ
なら他の立地に作ってもいいではないのか、という疑問が沸く。
○建物としては、形が先行して具体的な個々の機能面が考えられているかが疑問。拘置所
は、厚みのある壁だけで機能的に満たせるのか、文化施設もどのような文化施設で、どの
ような運営がされていくのか、図面から読み取れない。それから、建物高さと同じくらい
掘り下げて地下を構築するのは、現実的ではない。
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○12 月頃スケッチしていた楽しそうな断面スケッチから、かなりシンプルなものになって
しまったな、というのが最初の印象である。
○留置所以外の刑務所の用途が全て地下で完結し、その上に渋谷の用途が乗っており、完
全に分離しているように見える。せっかく渋谷という娯楽の街に建てるのだから、刑務所
と娯楽がどのように混ざり合うのか、そして、互いにどう刺激し合うのかが見たかった。
○囚人のエリアと一般人のエリアを色分けなどして、示してもらえると、もっと分かり易
かった。
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○渋谷の刑務所と言うのは、犯罪意識を若い世代に伝えるということでしょうか?世間か
ら隔離するということで罪を償わせるというのが刑務所なので、非常に難しいとは思うの
ですが、どのようにして街と触れ合わせるのかを提示しない限り、単なる巨大な壁が街に
立ち上がっているものだけになってしまう。 別にこのように外枠に監獄を作るのだった
ら、四方を囲まれた建築にする必要はないかもしれない。すなわち、刑務所のアイコンで
ある壁だけを使って建築化させるとか。その壁で何か仕切りながらも、監獄のところどこ
ろが【抜け】ていて、境界をつなぐとかストーリーあってもよかったはず。壁は都市の中
を万里の長城のように走る。
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○多くの人の視線と動きが交差する渋谷のスクランブル交差点の角に立つ留置場。現在の
非日常とされるものを日常へと挿入する手法として、周囲の環境と同化するファサード、
空間を体感させるスラブと魅力的な空間になっていると思われる。
○見る側に一般人と、似られる側の留置所の人間の立場は一転、二転し、双方互いに監視
する側、される側になりうる点は、都市の中で人の反応を活性化させ、面白いと感じた。
○機能がよくある文化施設に留まっていないだろうか。見る、見られる関係を昇華させた
独自の試みが見られるとより良かったと思われる。
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○罪の是非を問われる人と、自由を謳歌する人が非常に対比的な扱われ方をしている。渋
谷という娯楽施設のメッカに留置場を置いたことで、さらに対比が明確化した。見る人に
問題を提起させる作品だと感じた。
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○コンテンツが、物理的な距離感を無視して成立する現代のまちにおいて、リアリティが
あると感じた。
○エピローグの通り、「大きな壁が取り払われず、何も弊害なく使われる」のではないかと
ぞくっとした。
○空間を構成する力が優れている。
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○「自由を所有している者」と「自由を拘束されている者」という全く生活状況の異なる
集団を同じポテンシャルの中に計画すること、そして、その空間の中と空間の外で起こる
変化を包含する建築物を提案するという難しいテーマですね。
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○渋谷に拘置所を埋め込み、拘束された人々と自由な人々という二項対立の図式をつくり
渋谷をシニカルに批判した提案と読み取りました。商業主義的な渋谷が批判されている。
計画の大胆さ、パースの力強さを感じました。
○固執する空間のテーマが感じられないのが残念でした。拘束と自由という二項対立を表
層と深層という図式にすることで建築ができあがってしまい、深い掘り下げがなかったよ
うに思います。
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○外周の細かく区切られたグリッド状の部分が拘置所・刑務所なのだろうか。(文字が小さ
くて見づらい) 遊刑地というタイトルから考えると、外周のグリッドが監視装置で、中
の大きな空間が刑務所のプレースペース、とも読める。刑務所の監視装置としての機能を
外皮と中の空間に置き換えた、若しくは、刑務所の機能を外皮、内側でスイッチングする
事で、見る/見られる、監視する/監視される、といった関係を逆転、転倒させる、
最後のページでの「交わることなくこの施設は使われる~」との記述から考えると、外皮
と内側との関係性は遮断されているようだが、外皮と外側の関係はどうなのだろうか。 監
視機能をどう捉えるかでプロジェクトの意味合いが全く違ってくるように思える。
○囚人を監視・観察したり、囚人を監視しつつ、囚人から観察されたり、 動物園の行動
展示ではないが、何か違う捉え方の可能性があるように思える。
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○渋谷の街にこんなものが建ったら、自分はどうなのだろうかと考えさせられる作品。
○「渋谷を壊す、壊すために作る建築」「社会に潜む壁を作り出し、その是非を問う」とい
うとても挑戦的で暴力的なセリフではあったが、曲線を使い柔らかい感じのする建築であ
った。施設内部も模型写真やイメージスケッチで補完されていた。模型は段ボールの茶色
がいき、内観模型写真は白黒でどこかノスタルジックなものであり、スケッチはラフであ
りながらこちらのイメージを湧かせるものとなっていると思う。
○エピローグでの「大きな壁が取り払われず、何も弊害なく使われることも、その壁を壊
すことでさえも問題となる。それはここだけの問題ではないだろう」というお茶を濁した
様な終わり方もまた、良い意味でも悪い意味でも何とも言えない。
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○白と黒、陽と陰、正と負、生と死、対立する二項がコインの表裏のように互いを見ない
関係に位置するとき、ドラマが生まれる。相手の存在を「可能性」として認識する、つま
り「量子力学的」思考により、物語が進んでいくことになる。これはかなり面白い。
テレビの中の戦争、戦争の中での命の誕生、リアルとヴァーチャル、絶望と希望が交錯す
るとき、心地よい(または悪い)裏切り(サプライズ)をもって、ドラマが成立するという方程
式がいつのまにか、体験の中に織り込まれ、そうでないと反応しない人間に仕上がってい
るのかもしれない。
この「状況」を建築空間に封印し、作品にすることは容易ではない。ただし、二者の関係
をその「時代性」と「場所性」で、ある種ミスマッチと思われるポジションにセットでき
ると、今まで感じたことのない感覚を得ることになる。
その意味で、このプロジェクトはテーマこそやや暗いが、間違いなくあるレベルに達して
いる。
○外壁越しに移る何やら蠢く囚人の姿が、ランダムで柔らかに変容する風景に感じられ、
その中で、娯楽に埋没する遊び人が資本主義の囚人に見えるとき、新たな時代を感じるこ
とができるのかもしれない。また、監房にいる時に人は己を振り返り、絶望の中に「神」
を創造するのかもしれない。
そう思うことを導く「装置」として、この建築は面白い。
できれば、囚人が歓楽街を闊歩する人を、普通の人が囚人を互いに経験することにより、
互いの立場を理解し、自分の未来にとって何らかの糧となることを願って。
ただし、そういうシナリオをつくること自体が「驕り」にならないような視線でつくるこ
とが共感を得るためのポイントと思う。
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○渋谷の通行人を監視の目とした拘置所と内部に生成された複合施設。渋谷の通行人を「監
視の目」に置き換えるのは面白い。拘置所に囲まれた複合施設は様々な行為が錯綜する豊
かな空間になっていると思う。同学年の作品と比較してデザイン力、プレゼン力とも秀で
た作品であると思う。しかし、今回はその一歩先を見据えて以下の指摘を加えたいと思う。
なぜ渋谷の拘置所という問題に取り組くんだという点の説明が欲しい。つまり、設計者の
建築に対するスタンスもしくは「挑戦」について語ってほしいということである。これは
卒業設計だけでなく学部時代の設計者の作品にすべてに言える。デザインばかりが先行し、
設計者としての思考・主著が見えない。思考・主張が見えない為に提案から説得力や共感
が生まれない。
これは私の考え方なので押し付けるつもりはないが、デザインはコミュニケーションだと
思う。つくり手は利用者のことを想像し、利用者にとって最適な環境を構築するべきでは
ないだろうか。そこに設計者の人間性が現れ、図面を通して自分を語るという作業が発生
する。これが建築の面白いところではなかろうか?表現力が秀逸なのは評価するのが、今
後は何を表現するのかという点に充分時間を割いてほしいと思う。
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○溶け出さない無数の人が詰まった壁であると想像し息苦しくもあり印象的だ。建物を生
み出すために状況が利用されてる感じがして疑問が残ったが、各境界は全く新しい技術が
導入せざるをえない緊張感でワクワクした。
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○渋谷のど真ん中へ敢えて留置場を造ろうとした理由はどこにあったのでしょう。歓楽の
町、自由であることを確かめるために集まる町?そこへ拘束の場を持ってくることで社会
へ問題提議しているのでしょうか。拘束を土台に踏みしめ、娯楽を謳歌する建築ってゾッ
とする気がします。拘束と娯楽の関わり合いはないのでしょうか。
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○刑務所を備えた拘置所という設定が面白いし、そこを娯楽とセットにするというのが斬
新である。
○ある意味で刑務所、娯楽の双方の特徴が生かせる稀有な場所を見つけている。
○地階はどちらが利用するのだろうか。そういった利用者の区別の表現が必要だったので
はないか。
○この建物が渋谷を破壊し創る行為ならば、何がこの街に創られたのかを語って欲しい。
○人々に多く目撃され、周辺との対立から社会へのインパクトはかなりあると想像できる。
○渋谷の街の中に上手く溶け込んでいる。
○罪を犯した人、生を楽しむ人それぞれのストーリーがあれば二項対立を内包するこの建
物の良ささらに表現することが出来たのではないか。
○パワーポイントの表現は分かりやすくまとめられている。
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by tokup_nao | 2009-05-07 10:13 | 建築設計 | Trackback | Comments(0)
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by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)

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