離れることもなく、混ざることもなく。

やっと、先週修理に出していた自転車が帰ってきた。

ペダルの軸がいかれて、かなりの致命傷だったらしい。ペダルの軸といったらもう自転車の心臓部のようなものだ。

危うく廃車になるとこだったが、なんとか持ちこたえて、生還してくれた。

かれこれ、修理をし続けてもう七年くらい乗っている。ほんとご苦労様。

修理の醍醐味は、戻ってきたときに「ああ!なんか違う!」ってなることだ。

毎日乗っているものだから、本人にしかわからない些細な違いが、乗ったときに全身を突き抜ける。

もっといい自転車はたくさんあるけど、こんなボロでも一応楽しみはあるし、愛着も湧いてしまう。人とものが織りなす積み重ねた時間は、なにものにも代え難い。

でもその一方で、直らなくてもよかったかも、と思う自分がいた。

いや、でもほんと可愛いチャリなんだよ、こいつは。

でもいっそのこと、地雷でも踏んで粉々に粉砕したら、とか考えちゃう。溶解炉に落っこちて、ターミネーターのような終わりも悪くない。

そう、正反対の気持ちが僕の中で共存してしまっている。

これはいったい、なんなんだろうか。

存命させたい気持ちと壊したい気持ちが、ゆらゆらと僕の中を行ったり来たりしている。

それはまるで、アイスカフェオレのミルクとコーヒーが上下に淡い境界をもって、絶妙なバランスで一つの形をなしている感じに近い。

ひとたび、ストローですくってしまいでもしたら、そのバランスは永遠に取り戻すことはできない。

対立するのではなく、一緒のいいバランスになって、ゆらゆらとしている。ゆらゆらと違うものが共存してしまっている。

でもこれは、この自転車に限ったことでもないのかもしれない。

時間を掛けて作ったガンダムを爆竹で吹っ飛ばしたり、演奏が終わって破壊で締めくくるバンドマン、廃墟萌えな建築家や、フロイトがいう『エロス』と『タナトス』、燃やされてしまった金閣寺。スモークオンザウォーター。

はたまた、創造と戦争を繰り返す人類そのものであったり。

対立するでもなく、矛盾してるわけでもなく、不思議に同時に存在してしまったゆらゆらしたものが、世の中にはたくさんありそうだ。

このゆらゆらは、ときに人を惹きつけて離さない。

くそう、この自転車も、しっかりとその世界の一部であり続けている。

トンッ!、と無造作にテーブルの上に置かれたアイスカフェオレで、僕は一気に現実に引き戻された。

外を見やると、道行く人々が傘を差し始めていた。

少し濡れた僕の自転車は、何か言いたげに、日の光を受けてキラキラと光っている。

「先に飲んでいいよ。」 

と友人が言うと、喉が渇いていたが、

「いや、大丈夫。待ってるよ。」 といった。

この日ばかりは、このゆらゆらとした境界を、もう少し眺めていたかったから。
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by tokup_nao | 2013-05-31 02:00 | コラム | Trackback | Comments(0)
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by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)

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