スタジオムンバイとジェフリーバワの境界
2012年 09月 24日

そのスタジオムンバイはインド出身で、ジェフリーバワはスリランカ出身。その両者の境界とはなんでしょう。ああ、国境のことですかい、っていうことじゃなくて、この二つの建築的姿勢の境界を今一度再確認してみたい。
ムンバイはインターナショナルな舞台に躍り出るために精巧に作り上げられたヴァナキュラー集団で、バワはほんまのヴァナキュラーだと思います。結果的には似ているんだけど、建築理念が180°違う。それを簡単に述べたいと思う。
どちらもお隣の国なので環境が大変よく似ている。なので、半外部空間の取り入れ方がよく似ている。たぶんムンバイはバワのその部分はとても参考にしている。またどちらも地元の人たちが作り上げるので、建築技術も同じくらいなので表現できることも限りがある。ただ、ムンバイの方が時代が進んで新たしいものや工法を取り入れてることはあるけど、まあ、そこまで変わらない。しかし、その中でも決定的な違いが一つだけある。それがバワの建築にちょこちょこ出てくる西洋式の柱。エンタシス(むくり)のある柱。
1948年に独立するまでスリランカはイギリス領であった。その植民地化された時に西洋建築がたっぷりと輸入された。その欠片がバワの建築にも残った。
1947年にインドもイギリスから独立した。だが、その途端にインドは様式建築からは決別し、シャンディガールを始めとするコルビュジェがインドモダニズム建築大旋風を巻き起こし、西洋建築は現代建築からは綺麗さっぱりなくなってしまった。
スリランカもインドの隣なので多少なりともコルビイズムが輸入されたことだろう。でも西洋建築は消し去られずに、まあ別にあってもいんじゃないのってな感じに残っていったのである。インドとスリランカの風土の違いがここに垣間見えてくるようだ。
インドの建築は昔からインターナショナルに育っていった。その反面、スリランカは寺院もあるし西洋もあるし、まあ純化しなくても世界を意識しなくても我々は我々で楽しくやるさ的なものがあるんだろうね。それが今のバワの建築の複層性と雑多さとヌケを生み出している。そこに一貫した論理は必要ないのである。しかし、ムンバイはそうはいかない。とことんわかりやすくシンプルに世界の人がわかりやすいような体制を整える必要があった。なぜなら、インドは西洋をなくしてコルビュジェを出発点としているから。そこで、インターナショナルにヴァナキュラーをプレゼンテーションすることに走っていった。それは今まで日の当たらないところに指した光のようで、とても効果的に好感を得るものだった。「スタジオ・ムンバイ」という名も誰でもわかりやすい最高のネーミングだと思う。でも、そこにはバワのようなわかりづらさは存在しない。世界に通用する建築はいつも綺麗に純化されなければいけないから。アジアのアールトのバワはそのままでいいし、ムンバイも標的をそこに定めたならその土俵でガンガンやってもらいたいと思う。
また、複数の宗教が並列して存在するインドと、複数の宗教が融合するスリランカという見方もできるのかもしれない。それは単純にバッサリと大雑把に言うと、国土面積の違いではないだろうかとも思う。
大きい国はおとなりさんの距離があるので、それぞれが干渉することなく存在できるけど、小さなスリランカはそうも行かない。どこかに折り合いをつけて新旧を合わせていくような建築ができあがる、と言えないだろうか。
以上が両者の間に存在する決定的な境界と言えるものだろう。
それを意識しながら見てみると、より両者の良さとリスクがスルメのようにじわじわと染み出てくるのではないだろうか。

STUDIO MUMBAI : Praxis
El Croquis 157 - Studio Mumbai
a+u 2011年 06月号
Geoffrey Bawa 33rd Lane1960-98/Lunuganga1948-98
Geoffrey Bawa: The Complete Works
Geoffrey Bawa
Beyond Bawa
Bawa: The Sri Lanka Gardens
by tokup_nao
| 2012-09-24 01:32
| 建築
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