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篠原一男と現代の狭間

ふたつの住宅論~篠原一男と私の住宅~
桑沢デザイン研究所1階ホール
2010年04月25日 ~ 2010年04月29日

篠原一男の全住宅を1/30で体感。

4月25日には対談イベントがあり、パネリスト:入江経一(建築家、岐阜県立国際情報大学院大学教授)、鈴木明(神戸芸術工科大学教授)、大松俊紀(桑沢デザイン研究所専任講師)を迎え、熱い対談が行われた。
篠原一男の元で働いていた入江氏からは、篠原一男を内側から解体していくように語られた。篠原の人柄を中心に、その当時どれだけ篠原一男がもがき苦しみながら住宅を設計していたかが、伝わってきた。新しい住宅を考えるときには、研究室ないでコンペをやって、長谷川逸子の案が発展して「谷川さんの別荘」ができた話しなど、とても興味深かった。篠原一男の論文や文献をいくら読んでも出てこないような、篠原の貴重な一面垣間見れて良かった。
そして、この対談イベントの目標は「篠原一男の功績から、現代に行かせるようなものは何か?」ということだった。あれ程、注目し、誰もが知っている建築家で在りながら、僕らは篠原一男を成仏させるようなこと何一つしていないのではないか?そんな疑問文として聞こえてきそうなテーマであった。
そこで、入江氏は現代の建築界の問題を、「何でもありで、何でもありだからこそ、何やっても相手にされない状況がある」と指摘する。それは、GAの取材で二川幸夫から「今は、(建築界は何が)どうなってんの?」という質問に共鳴したものだったのだと語る。一言で言ってしまえば、今の状況は「思想がない!」ということだと。
日本のサブカルが盛んになり、海外でも評価され、それが何かを考える前に大流行してしまう。メディアにしても経済にしても、どの業界も、思想が後から追いかけるような形になってしまっているのが今の世界の状況なのだろう。この状況が、90年代頃から建築を蝕んできているのを感じていると入江氏は話す。

ここで、篠原一男という建築家が、幽霊船のごとく深海から海上に浮上する。
篠原一男は研究室で、「やがて全面戦争になる」と生徒に幾度ともなく話していた。その戦争とは、後の構造主義を住宅に入れ込むような、思想の戦争だった。
病と戦いだがら、生死の淵を彷徨いながらその精神は育まれ、未完の家を代表とする光と闇の建築となっていった。入江氏が谷川さんの別荘で感じた「圧倒的な建築力」はこうして研ぎ澄まされていく。

私は思う。今を打開する手掛かりがあるとすれば、それを篠原一男に求めるのも悪くない。
もしかしたら、幽霊船は音を立てずに、もうそこまで来ているかもしれない。

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1/30の迫力ある篠原模型達。あれ?この住宅こんなデカイのか!という発見が多々。その隣には、建築を学んで二年の学生がつくる、不思議な建築が隣接する。
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多木さんの写真の撮り方や、当時の新建築での写真の反響を語る。
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入江氏が手書きで、篠原住宅の解析をさらさらと描いて華麗に紐解いていく。
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by tokup_nao | 2010-04-26 23:04 | 建築 | Comments(0)

四街道さつき幼稚園

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設計:仙田満+環境デザイン研究所
施工:千葉工業(2007)
http://www.kidslink.jp/satuki/

甥と姪を幼稚園に送ってみたら、仙田満の幼稚園に出会った。
この建物は古い建物の既存改修で、耐震補強を伴う工事と共に新校舎を創った。
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ピンク色部分が既存で、それ以外は増築だ。ちなみに、姪はちどり組で甥はこばと組。

教室をぐるりと囲むようにすることで行き止まりのない回遊性があり、すべての廊下がトップライトを設け(しかもそれが連続的で誘われる感じであったり、高い三角屋根の構造体が表出するものであったりと楽しいもので)、光溢れる空間になっていた。また、森と広場を結ぶタイムトンネルのような赤い廊下があったり、廊下の先に鏡があることでどこまでも続いているようになっていたり、タケノコホールからはふれあいの森に全面開口の取ってあったりと、経費をそれほどに掛けずに、それぞれの場所に変化に富んだキャラクターやスポットがあり、大人でも連続的な楽しい繋がりを感じさせる建物だった。

実際に子供達はずっと ズダダダダーー!!キャアァァーーー!! と建築の内外を走りっぱなしであった。
がしかしそのときは何かが無性に気になるのか、姪をカエちゃんは走ることはせずに、自分のロッカーをひたすら整理していた・・・。(笑)

環境デザイン研究所では、これらの連携する回遊動線を「遊環構造」とそれらしき名前を付けており、それは言葉以上に期待できる効果を生みそうだと、わくわくさせられた。
子供建築のプロフェッショナル仙田マン恐るべし。

また、子供の城のようなとんがり屋根も程良いランドマーク性をもっていて、かつ、周辺の団地にはとても控え目な高さが選択されていた。
深緑の優しい壁面は、背景の竹林の相性とも抜群で、大きな開口からは常に森の香りが幼稚園全体を通過し、子供の笑い声を載せて、団地まで穏やかな空気を届けてくれそうだ。
そんな中で、送り向かいの親たちと自分勝手な子供たちと、それらを暖かく迎え入れる保育士のやり取りを見ているだけで、何だかこちらも楽しく幸せな気分になってしまったのだった。

四街道さつき幼稚園 受賞歴

2007年 千葉県屋外広告物コンクール
2008年 2007千葉県建築文化賞
2008年 日本建築家協会環境建築賞
2009年 東京建築賞奨励賞
2009年 全国学校ビオトープ・コンクール銀賞
2010年 造園作品選集

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by tokup_nao | 2010-04-20 00:39 | 建築 | Comments(4)

Hibiya kadan

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設計:乾久美子

日比谷公園と日生劇場の間に建つ、お花屋さん。
ここでは、ヴォリュームのようであり、フレームのようであり、どちらとも受け取れるようなスケール感が慎重に挿入されている。窓もここまで大きいと窓とは呼べないような、ゲートかな?、花園へと招待してくれるであろう、あのいくつものゲートがパラパラと集まって箱の形になろうとしている初期段階の運動を、そっと一時停止させたようだ。
はたまた、素材の重みと間隔には西洋の連柱も想起させるのだ、という人がいるとしたら、得体の知れないどこにも属さないノンジャンル超中性建築とも言えそうだ。

西沢平良との対談の中で、緊張感のある箱が建ち並ぶ都市への前段としての建物のような言い方をしていたが、それはあくまで公園の中から有楽町へと歩を進めたときの話だ。大体の人は日生劇場から大通りからこの建物に出会うことになる。そうした時のこの建物の印象は、?ではないだろう。?が生まれた瞬間に、乾劇場が始まる。

建物をブラブラとしてかしないで、まあ、そそくさと歩いて通り過ぎ、公園まで歩いた時に振り返った瞬間にこの建物の場所らしさが表出してくる。遠くからファサードの素材に焦点を絞ると、乾建築の間から日生劇場のファサードが垣間見える。そこときに、遠近をまたいで、同じような素材の連続がふと現われる。その素材に気づき、辺りを注視すると、帝国ホテル新館下層部のタイルにもアナロジーを見出してしまうかもしれない。

スケールから素材まで周りとフワフワと関係を持ちようとする箱建築は、森山邸の箱建築とは全く異なる到達点を獲得しようとしているのか。乾さんが言う「そっと建築をおいてみると」は周りを変えずに溶け出していく建築を意図しているのだろう。そこでやろうとしている、さり気なさ、趣、そっと湧き立つ気づくか気づかないのかの曖昧な隠れた情緒のような感覚(うまい言葉が見当たらないけど・・・)、陰翳礼讃のような?、日本独特の謙虚な感動がそこにはあるように思う。

乾さんの強みは、この神業と思えるくらいのコンテクストの読み方・扱い方の鮮やかさなのだろう。
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by tokup_nao | 2010-04-17 21:52 | 建築 | Comments(2)

桝屋本店(上越市M社)

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桝屋本店(上越市M社)
住所:新潟県上越市三和区末野新田341
設計:平田晃久

春休みに新潟に行きました。車を運転しまくりました。訪れた順に紹介します。
まずは、平田さんのデビュー作。
模型の印象では軽快なリズムをもって空間が繋がっていくイメージであったが、実際に行ってみるとかなり力強かった。光の明暗がはっきりしていて、トップライトもかなり効いている。そして、何よりも物がとても多い。美術館ではないので、当初のように綺麗にはできないのはわかるけど、あまりに違くてびっくりした。現実の壁をまざまざと見せつけられた気がした。
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↑当初の雑誌に載っていた写真は綺麗だよね・・・。

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篠原一男は住宅論で、施主の使い方がどうであろうと、建築家はそこに関与していかないというようなことを言っていた。恐らくその真意は、生活の仕方は指導するものでなく、施主がその建築で勝手に獲得するものだということなのではないか。
もし、そうならば、この建築でここで生活している人々が獲得した生活に建築家の意思とは離れて観察してみると、その建築の本音が見えてくるのではないだろうか。

エントランスに入った瞬間にトントンと包丁を叩く音。暖炉を越えると、ワイワイと働く社員達。中庭が見える場所でお昼の支度が進んでいる。ブラブラとそこを歩きまわる訪問者三人。みんな繋がった大きいようで狭いような部屋を使いながらも、違うことをそれぞれしていて、ユルユルと全体が繋がっている。サンゴ礁に群がる魚のように。
当初の写真では予想もつかない生活のリズムがここにはありそうだ。そのベースを敷いたのが建築家なら、その仕掛け人は建築家であり、主人公は間違いなく生活者だ。

後輩が、「建築はいつまで建築家のものになりえるか?」のような質問をしていたけど、最初から最後まで建築が建築家のものであったことなんて一度もないじゃないだろうか。

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by tokup_nao | 2010-04-13 21:58 | 建築 | Comments(8)


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by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)

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