カテゴリ:建築( 98 )

上原通りの住宅を訪れて

設計:篠原一男

 近頃の住宅はどこかファションのようですがすがしくて鼻につく。とても綺麗でありつつ、その一方で何も考えさせてくれない恐さが潜んでいる気がする。気づいたら取りこまれていたような得体の知れない魅力があるのだ。それが好いか悪いかということはわからないが、とても今っぽいと思う。SNSっぽい建築が増えてきた。
 でも、こんな時代だからこそ一歩引いて自分の生活と真剣に対話できる住宅が必要だと思うのだ。まずは、「精神」と「身体」をぶるぶると震わせる建築に会いに行けばいい。

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穏やかな風に舞い霧のような小雨が降る中、代々木上原までやってきた。騒々しい都心の近い割にはここら一帯がどことなく落ち着いていているように感じるのは、東方の代々木公園と代々木八幡宮があるフィルターのような役目をしていからかもしれない。そこに高級住宅街と、外国人向けの高級賃貸住宅も含む各種が丁度よく収まっている。
 代々木上原駅から歩いていくこと数分、突如上から二つの目がこちらを見下ろしている。篠原一男の上原通りの住宅だ。しかも、ウィンクしてるし。
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 この建物は三つの構造システムが絡み合ってできている。①キャンティレバーのヴォリュームを支えるための直交する方杖を持った2層分のRCのラーメン構造システム。②2階の木造スラブ。③屋上の折版ヴォールトのS造。これらが三つがぶつかり合いながら一つの住宅が現れ、それを篠原一男は「野生」という言葉で表している。1976年の当時、その野生という言葉はレクロード・レヴィ=ストロースの「野生の思考」から引き出されたものであった。

 野生の思考とは、ありあわせの素材を用いて入り用の物を作る場合に例えられ、器用人の思考様式と特徴づけられる。それは眼前の事象を考える際に、その事象と別の事象との間にある関係に注目し、それと類似する関係性を有す別の事象群を連想しつつそれらを再構成する。そして、それらの事象に異なる意味を与え、新しい「構造」を生み出せる。それは理論と仮説を通じて考える科学的思考と基本的に同質なもので、両者の相違について科学的思考が用いるものが「概念」であるのに対して、野生の思考が用いるものは「記号」であるとレヴィ・ストロースは考えた。(wikipediaより)

 つまり、一つ一つの構造は科学的に乗っ取っているいるものの、それぞれを接続する理論は非常に感覚的にブリコラージュされたのがこの家である。上にくっつくヴォールトの部屋も当初は計画はしておらず、子供ができると聞いて設計途中にあとからエイヤとくっつけたものであった。その証拠に初期のスケッチではヴォールトの部屋は存在していない。
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                                            篠原一男 TOTO出版 より(1996/07)


 行き当たりばったりで変化する設計と、ゴリゴリと机が鳴り響きそうなこの濃いスケッチ。この建築が生まれるその瞬間こそ、まさに野生的だったと言える。RCの柱に耳を当ててみると、篠原の脈動がドックンドックン聞こえてきそうな獣のような住宅だ。
 元々、この家は写真家・大辻清司が施主としてつくられた。当時は一階がアトリエとして使われ、上部は子供部屋として使われた。その部屋は人気が高く上の子供が出家するたびに順番に使われていった。その後、大辻清司は亡くなり、妻が一人で暮らしていた。現在では三男が子供二人と妻を引き連れて戻り、祖母と一緒に仲睦まじく暮らしている。
 実際に旦那さんと話しながらこの家の歴史を聞いているだけでも、この奇妙な外観の割にはどんな家族形態でも収容できるこの家の耐久力に驚いた。もう築35年になる。その間、部屋の間口が狭過ぎて何度も頭をぶつけたり、階段が急過ぎて滑り止めもなく転げ落ちて骨がバキバキに折れたりするのも、篠原がつくった住宅ならではの御愛嬌というものだ。住宅ができてからの建築家と住人の武勇伝は未だに色あせることのない歴史として続いている。この空間には住人も建築家も一歩も引かない熱さが漂っている。
 住宅内部に入ると、獣の構造(構想)とリアルな生活がダイナミックにクロスする瞬間に立ち会うことができる。
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 暗いキャンティレバーの下を通過していくと二階玄関に入る為の階段が現れる。と同時に上方向から太陽光に照らされる。
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 階段を登り切り、振り返るとリビングが見える。見上げると空が・・・。一瞬えっあれ、内部と外部がサンドイッチになっていることに気づくのに時間がかかった。
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玄関・キッチンとリビングの間にはRCの柱がずっしりと床から生えている。住宅内部では通常味わうことのないスケールと素材感が生活をズボっと貫通していた。でも、不思議と邪魔に感じない。むしろ可愛いくらいだ。これがとても不思議であった。恐らく、篠原一男はこのRCの大きさを血反吐吐くくらいに厳密に大きさを調整していたのだろうと思う。でなければ、こんなにも絶妙に生活の邪魔をしてはくれない。
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 三角窓も内部に入って、座っている分には外部が気に過ぎることはない。また意外とその窓から入る光が美しかった。玄関で天窓に照らされていた時も感じたが、自然光ってこんなに気持ちの良いものだったけか、という思いがふわり浮かんだ。その思いは住宅のどの場所に居ても感じることのできるものだった。
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 ヴィールトの部屋も内部に入ってみると中々広かった。目玉によって搾り取られた光。そこから見える住宅街。いつもと変わらない日常がこの建築を通過すると生き生きとしてくる。これも篠原の呪いなのか。彼が亡くなっても住宅は呼吸を辞めない。
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 ただこのRCの間に座ってみたり、なんなんじゃこれはと話していたりする。もうその時点で篠原劇場の始まりだったりする。社会の激動に負けない激動がこの住宅には横たわっている。だから未だに僕らを魅了し続けている。


 「篠原さんが一つひとつつくり上げていった、ある精神こそ汲み上げるべき。初期の住宅は、社会に対する猛烈な反発、批判など、血のにじむような想いが込められている。」


 東京建築コレクションの巡回審査で伊東豊雄から言われた言葉が思い出される。

 伊東さんが「身体性」という言葉をよく使うけど、それも実は篠原一男の経由の言葉ではないかと思う。その身体性は妹島西沢石上と受け継がれ、藤本壮介の単一連鎖ブリコラージュによって「野生の思考」に回帰したと言っても言い過ぎではないだろう。
 だとしたら、もうちょっとこう社会にガツンともの申す建築家がいてもいいじゃないか。建築家も様々なバリエーションに変容してきた時代だからこそ、現代社会に対する新たな批評のかたちがあるはずだ。どうも新事業開拓に胸を躍らせているだけで、何も成されていないし進んじゃいない気がする。このままでは篠原さんも多木さんたちのチャンチャンバラバラも浮かばれない。そんな思いを馳せながら、じゃあ自分が僕らの世代が何をすべきで何ができるのだろうかと自問自答を繰り返し、ただただ代々木上原の住宅街を傘もささずにもくもくと歩いて帰るしかなかった。こんな日はびしょ濡れで帰るくらいが丁度いい。だって、「精神」と「身体」の熱がいつまでも僕の体から抜けることがなかったから。
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by tokup_nao | 2011-06-22 21:40 | 建築 | Comments(0)

LUZ白金

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LUZ白金
設計:川辺直哉建築設計事務所

GAJAPANにものっていた上野毛ハウスのオープンハウスを逃してしまったので、次こそは行きたいと思ってたところで、早々にLUZ白金のお知らせが来たのでお邪魔した。この日はとてつもなく風が強い日であった。

白金高輪の住宅街に奥にひっそりと佇む集合住宅。それぞれの住戸のプランがすべて異なりながら、複雑に絡み合う。法規上必要とされる必要面積をすべて満たしたうえで、共有部分と住戸のバランスを延々とスタディしていく。学生の作品でもそうだけど、複雑にしてるとおもしろそうに見える。でも、川辺さんの複雑は複雑では終わらない。

川辺さん曰く。「ただ、複雑に集合住宅をつくることは誰にでもできる。その中で人がどう感じるかというところまで詰めていくことが大事。」

例えば、「知覚」の話。人は窓を見た時にどこから窓を知覚するのか。エレベーターでも。そこで、川辺さんは建設要素すべてに取り付く「枠」に着目した。窓枠、エレベーターの入り口のフレーム、玄関トビラの枠。すべての枠を均一なグレー色で仕上げること。エレベータの枠が消失していたり。窓と感じる寸前の大きな穴。あとから取り付けられた、木板の窓枠の幅がほとんど同じであったり。よくよく観察していくと、きめ細かい配慮とルールが全体にあるのだ。

共有空間の質感がそのまま階段までにょろりと伸びていき、全体が何だか、にょろにょろと繋がっている。何とまあ、複雑でバラバラな集合住宅に対して、ある特徴をもった「にょろ」が全体を取り巻いてしまった。
話していて感じたが、繊細で大胆ににょろーーと伸びていく川辺さんと同じものを建物に感じることが出来たのがよかった。
「学生の成長スピードにはかなわないけど、僕も少しづつ成長しているんだよ。」
と話す姿がとても楽しそうであり、心温まるオープンハウスであった。

びゅうびゅうと高鳴る風の中、また一つ、人と建築を知る。

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by tokup_nao | 2011-04-03 22:38 | 建築 | Comments(0)

豊島美術館

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豊島美術館
設計:西沢立衛

日本の内部空間の始まりってどこからなんだろうと考えてみる。寝殿造りや書院造りから始まる貴族の建物は立派な内部空間だろうか。貴族の見出した建築の頂点に桂離宮や慈光院があるとすれば、それらは内部と外部の区別は極めて曖昧で、借景もあり外部空間への意識がとても高い。西欧の頑丈な内部空間とは遠くかけ離れた存在だ。

今回、研究室のゼミ旅行で宮島の千畳閣という建物を訪れた。千畳閣は天正15年(1587年)に豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊のために大経堂として建立した。秀吉の死により工事が途中で中止され、板壁も天井の板もない未完成の状態のままとなっている。がしかし、訪れてみると、その未完成がとても良かった。天井を見上げてみると、浄土寺浄土堂の内部の見上げにも勝る荒々しい深い闇と粗雑な加工が表出しているではないか。本来見せるはずのかなった場所のためか、木の生身をどかどかと乗せた力強いものになっている。装飾することを忘れた本来の構造の為だけの天井裏。重源の和様建築が女性なら、こっちは男性かもしれない。(しかも肉食系の) そしてさらに、板壁もない。ここは未完成の美の極地なのか。内部空間をつくることを諦めた空間は内外の境界が極めて美しい。ただそこにあるのは、人が胡坐をかくのに丁度いい段差だけだ。

垂直方向を見上げれば無限の闇、水平方向を見渡せば、宮島の山々と大野瀬戸の海の景色が広がる。確かな世界と不確かな世界の二重演奏、重複拡大。秀吉の死によって天井と壁を失ったどえら美しい空間が出来上がった。何と言う皮肉。侍たるもの、やはり死には美が付きまとう性分なのか。未完の空間恐るべし。

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天井がないという点で類似する浄土寺浄土堂はとても内部的であった。あの篠原一男も感銘を受けていた。
「私たちの歴史のなかに不在であると思っていた、力みなぎった巨大な空間に突然私は出会ったのである。素朴さにおいてはロマネスクを、構造の大胆さにおいてゴシックをあてはめたいような興味ある空間にであった。」(住宅建築p62)
その一方、書院造はとても外部的だ。その間に偶然に舞い降りてしまったのが、内部と外部を同時に持った千畳閣だと言える。そして時は、2010年。こんな未来にもその間に割り込まんばかりの勢いで、ある建物ができてしまった。それが豊島美術館というわけだ。これももちろん、全部外部でした。
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      (excite ism 写真:森川昇
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      (excite ism 写真:森川昇



穴を見つめれば木々が風で揺れ、ふいに木の葉が建物に入って来る。吸音材が一切ない建物内部では、風の音、鳥の声、そこに訪れた人々の小さな足音さえも増幅され反響されていく。小さな世界が拡大されいく場所。と思えば、白い壁はどこまでも奥行きを消滅させると同時に、無限に拡がる。確かな世界と不確かな世界の二重演奏、重複拡大。そのときは目の前の状況で気持ちがいっぱいだったため気づかなかったが、この感覚はこの旅で二度目の体験であった。あっ、そうだ忘れていた。SANAAを始めとする彼らの空間はいつも未完のままに提示することを鉄則としていたではないか。前に鬼石多目的ホールのことをかいたときに『不確定の美学』といったが、もっと端的に言えば、その建築が持っているものこそ『未完の空間』だったのだ。未完の空間、やっぱ恐るべし。




でこの話には続きがあって、『未完の空間』を誰よりも先に近代建築に持ってきた人がいたのです。もしかして、もうばればれでしょうか。そう、その人こそ、篠原一男なのだ。

彼が残した最高傑作。

「未完の家」(1970)

これを見ずして『未完の空間』を語ることは許されない。 (つづく)

追伸
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by tokup_nao | 2010-11-17 19:43 | 建築 | Comments(0)

Mimesis Museum by Álvaro Siza

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ミメシス美術館
設計:アルヴァロ・シザ

一流建築家を集めて創られた町パジュブックシティに行ってきた。韓国の京畿道(キョンギド)の坡州市(パジュシ)に位置する。軍事境界線(38度線)を隔てて北朝鮮と接するもののそれを感じさせない、デザインも物も豊かな場所になってきている。
スーの友人テリがソウルの中心部から1時間弱、車に載せて連れてってくれた。ありがとうテリ。
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by tokup_nao | 2010-09-02 19:27 | 建築 | Comments(2)

とある世界の展示 2

藤本壮介展 山のような建築 雲のような建築 森のような建築 建築と東京の未来を考える2010
ワタリウム美術館
2010年8月14 日(土)~11月28日(日)

そして、ほぼ同時期にやっているのがワタリウム美術館でやっている藤本壮介展だ。石上展と藤本展をよく比べるてみると、日本の建築がある場所に行きたがっているように見えてくる。プリミティブな場所へと。

それらの建築の大前提は、無意味の価値だと思う。
一見無意味と思えるとこに、機能的なものでは到底得ることができない豊かさを持っているような。でも、これは何にでも言えるかもしれない。本当に豊かなものとは無意味なものを沢山内包している。その意味・無意味が曖昧に溶け合っている環境こそが、今問われ提案され続けられようとしている空間だ。

そのどうも説明するには気難しくなりがちなものを提案する手段として、『プリミティブ』という言葉はこの混沌とした現代社会にしっかりと腰を据えてくれる便利な言葉なのだろう。

雲、山、風、海。
それらと融解していく建築がSANAAや石上純也、藤本壮介を筆頭に目立ってきた。

自然と同じように不便でいいし、疲れてみたい。そんな建築の可能性を探している。

がしかし、西沢立衛が講演会で話した、「周りと同化しながら、普遍性をそこに与えたい。その矛盾がある。」ということを忘れてはならない。

GA JAPAN106のROLEXラーニングセンターでの、妹島和世、西沢立衛、隈 研吾、二川由夫の対談で、隈さんの鋭い指摘がそれをさらに際立たせていた。
床レベルを上げ地面と同化させずにエレベーションが地面から離れていることに対して、隈さんはそれがSANAAの本音と言っていた。それこそが、地面と緩やかに繋がっている動線にも関わらず、切り離された空間の矛盾であり、そこに普遍性を与えたいという本音の発露である。隈さんはそれに対し「俺だったらとことん周りと同化させて、建築を消してしまう。」という。

つまり、『プリミティブ』は現代に対してとても効果的に見える一方、建築家自身を消してしまう恐いテーマなのだと思う。矛盾を抱えないでやってしまうと、自然に吸収されてしまうのだ。

ある建築が数年発って、

あれ?これは、自然だったっけ?建築だったっけ? あれ、忘れちゃったや・・・。

何てことにならないようにしたい。
建築であるべきもの、それはいつも自然と人間が織り成すドラマであってほしいのだ。

おまけ
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by tokup_nao | 2010-08-30 13:25 | 建築 | Comments(0)

生きられた図書館

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武蔵野美術大学 美術館・図書館 (2010年、小平市)
設計:藤本壮介

ギンギラ太陽が照りつき、アスファルト面がユラユラと浮遊する。今にも倒れてしまいそうになりながらキャンパスを進んでいくと、木々の間から木漏れ日を反射する建物が現れる。ムサビの図書館だ。いくつもの門が繋がっているような、開口部がそのまま外部に飛び出して来たような、どちらともとれるその大きさが効果的だ。ガラス面が覆うことによって機能をはぎ取られたファサードは装飾として自立する。機能が封印された装飾は、ガラスを割ってそこに機能を持たせる誘惑を喚起させるようで、何だか怪しげだ。

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内部は明るい。図書館というよりも教会のような明るさだ。天井を覆うポリカーボネートからは方向を持たない光が降り注ぐ。もちろん、上段の棚は使われていない。これがファサードと同じく、使うことができない棚が空間の表情を創りだすようでもあり、これから何が起こるか分からない余白を事前に持ち合わせたものとして、時間と空間の可能性を提示した。今までの図書館は本だなが埋まっていることが当たり前だったが、ここではそれをあえて空けることによって、時間をデザインした。その点では、僕が鬼石多目的ホールで感じたことに共鳴する。
前略)そんな時代を象徴するように、SANAAの空間も時間とおなじように、刻々と変わっていくような変数として扱おうとしている。不確かなものへの永続性を補完することで、そこでの空間が時間のような移ろい続ける響きを放つことを期待している。

また、10+1のWebsiteまた表象文化論の田中純はこの余白に対して、藤本の言葉を引用しながら的確な位置付けをする。
藤本は、この書架の壁は将来的には書物で埋められるかもしれないが、アート作品などの創作活動によって埋められるかもしれず、あるいは「その空白によって書物を超えてゆく情報というものの広がりを暗示するかもしれない」と言う。つまり、ここはすでに書物のみによって埋められるべき空間ではないのだ。空の書架は何かが起こる「かもしれない」、予感と可能性の「暗示」としてこそ、この図書館の重要な構成要素になっていると考えるべきだろう(この象徴的な空間を生み出すために、書庫は地下や1階のやや隠れた位置に配置されている)。図書館という「渦」は未来に向けて、時間的にも開かれている。

もしこの空の本棚には意味がないと思っていた自分がいたとすれば、それは今まで機能主義・合理主義の湯舟に浸かりすぎてきたせいかもしれない。その考えは、これからのポスト資本主義時代の幕開けの可能性に対する侮辱に他ならない。いつの時代でも、可能性に新しい機能と同等の価値が生まれることを期待し続けていけたらいいなと思う。現に歴史を切り開く建築はいつもその期待を裏切らない。西沢さんの講演会に行っても、本人でさえ半信半疑になりながら創っているのもそれを強く感じさせた。可能性に確証はないのだ。

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書庫は一階の奥に配置される。それぞれの分野の本は二階奥に配置され、雑誌類はエントランス付近。インターネットを主流とするパソコンは二階のペデストリアンデッキに配置された。流動性のある媒体であればあるほど、外部に近い場所、自然採光が降り注ぐエリアに置かれている。日焼けしそうなエリアには雑誌類があるが、サイクルが早いので頷ける。

様々な情報が蠢く世界に溺れないよう、ヒエラルキーを持って的確に配置され、その世界との距離の置き方を身体的に享受できるかのような厳格な構成が、本だなのルーズな余白の存在を許してくれているように思えた。多木浩二は『生きられた家』で、この建築が取り巻く世界を海に例えて記述する。
人間はその時間と空間のさまざまな多様性をうみだし、そこに神話や性的関係、夢ばかりでなく、社会的制度や政治学を織り込み、さらにはそれを商品の法則に従わせてやることもやってのけるのである。こうした記号論的な虚構が、私たちが現実として生きてきたものであった。つまり経験の次元をとりだすことは、現象学を象徴的な人類学への開口とみなすことにほかならなかった。そしてこの象徴的世界こそ、「生きられた家」という、ほんの僅かな記号でできた船を浮かべている海のようなものである。「生きられた家」という問題意識がそこまで視線をひろげてきたなら、こんどはその「生きられた家」の問題意識そのものが、この象徴の海に向かってひらかねばならなくなる。

つまり、ここで多木さんは個人の経験が世界の象徴的な事柄と密接な関わりを持つことによって「生きられた家」が現れるといいたいのだと思う。この図書館で藤本は、個人の経験を試せる余白を持たせつつ(これは森山邸にも言えることだがここでは割愛)、厳密な構成が混乱の世界の風上を察知させ、図書館という船が沈没させまいとこらえているようだ。これこそ生きられた図書館と言えるのだ。

また何度も余白と書いてきたが、それはまだ機能が与えられていない状況なので、「無機能」と記述することもできる。その無機能という言葉の知のアドレスを遡っていくと、1970年代の住宅界の一世を風靡した一人の人物にぶち当たる。その人こそ、光と影の錬金術師、篠原一男である。そういうことなのだ! 皮肉的にも、喧嘩別れした多木浩二の「生きられた家」と篠原一男の「無機能の空間」を合わせて解釈しようと試みると、現代建築の輪郭線がフツフツと現れてくるのだ。何てこった。

そうすると、読書会で真壁さんが言う「現代の建築家は『生きられた家』で言おうとしてたことをやろうとしているように思えてならないよね。」と言っていたことや、妹島が篠原スクールを頻繁に出入りしていたことも頷けてきてしまう。生きられた家は40年余りの時を経て息を吹き返そうとしているのだ。もう誰にも止められない。

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by tokup_nao | 2010-08-09 11:27 | 建築 | Comments(2)

沈黙を破る、生きられた家。

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建築界の怪人・真壁智治さんを招いた堀越研の読書会。第一クールが終わった。


M1を中心に一年を通しての堀越研の研究テーマである「日本的なるもの」の関連書籍を読みまくる。


一ヶ月で決められた本を一冊~三冊を読み、それをレジュメでまとめ読書会を行う。
本格的にテーマを決めて一年を通して読書会(勉強会)を行おうというものが初めてだったので、正直みんなどうやればよくわからず戸惑っていた。というのも、そもそも一番目の本が一番難しいという設定になっているのだから・・・。

一冊目は泣く子もちびる。

多木浩二著『生きられた家―経験と象徴 (岩波現代文庫―学術)

一言でいえば、強力な引力を持った惑星のような本。重力に負けて押しつぶされるか、エネルギーを利用して強靭な飛躍を得られるかは扱い方次第。

なので、僕らは細かいパラグラフ(6~8ページ)の間でそれぞれに多木さんが何を言おうとしているのか厳密に考察し図化し、気になった言葉を一つ一つ掬い上げながら網羅していった。

それでも
それでも
押しつぶされた・・・

真壁さんは言う。

「これはものすごく重層性を持っている。多木さんはいつも厳密に記述するということを意識している。」

学生の頃、多木さんの元へ通った青年は、今でも多木さんの本から多くのことを学ぼうとしている。その姿勢なんだ。


でも、難しいと言われる多木さんの本は、その厳密な定義の分、わかった時が恐ろしいぐらい的確で微動だにしないイメージが現れてくる。
例えば、一つのAという事象を説明しようとするときに、様々な角度からメタファーを通じて語ったりする場面で、そのメタファーが持つイメージを共有することによって、そのAという事象を潜在的に伝わってくる。


また、この本は今読んでこそとても意味がある。
この本の原型は1976年の単行本であった。そのとき、ずっと篠原一男の住宅の写真に収め「住宅は芸術である」をプッシュアップしていた存在が、その作家性あっての建築家の作品を否定するような本「生きられた家」を出してしまったのだ。喧嘩別れするのも納得できる。(この本の時代背景は最後に出てくる大室幹雄さんの解説を読むといい。)
というのも、当時の建築界の潮流とは真逆の本を出していた。しかし、当時東京造形大学で教壇に立っていた多木さんの講義を熱心に聴講していた一人の女学生がいた。それが妹島和世だ。また、篠原一男の系譜は坂本一成、アトリエワンということになるが。どちらも篠原一男とは真逆の日常や生活が前面に出ている。長谷川豪もしかり。篠原一男は反面教師だったのか・・・。つまり、敵の敵は味方。

そうことなのだ。76年から四半世紀以上経った今、ゼロ年代の建築がやっと今、多木浩二の密林に足を踏み入れた。
建築からは最も遠い地平性を歩いていたように見えた多木さんが、ふと気づくと目の前をてくてくと歩いている。
その足どりは今も変わらない。

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by tokup_nao | 2010-08-02 00:27 | 建築 | Comments(0)

icity

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icity

企画名_iCity presentation vol.1
開催日時_2010年6月19日(土)13:00〜15:00
(13:00〜14:00発表、14:00〜15:00懇談会)
場所_Apple Store 銀座店 (東京都中央区銀座3-5-12サヱグサビル本館)
連絡先_iCity.10@gmail.com

千葉大の加藤くんに誘われてicityのプレゼンテーションに行ってきた。
簡単に言うと、「i」がドンドン勢力を伸ばしてしまうと、しまいにいは街ごとコンテンツが浮遊しているような未来像が描けるというものだった。
iphone →ipod →ipad→(ここからは未来)→iglass→iwear→icity

デジタルな世界の楽しさ豊かさ多様さをプレゼンテーションするものだった。
色彩溢れるスケッチと丁寧な吹き替えはイメージを感化させるようなものではあったが、どうも童話的というかユートピア的というか、批評性がないもので見ていてどうも具合が悪かった。多様性が生まれると話していたが、僕には単一的にしか見えなかった。
また、有名大学が集まりそれぞれの専門分野があるのだから、それらをもっと引きのばし、具体性に突っ込んだものであれば良かった。恐らく、このプレゼンテーションでは伝わりやすさを重視し過ぎてしまった。会場で見られた多くの質問は、すべて具体性に突っ込んだ質問だった。それからもわかるように、未来のcityを構想するときに問われるものは、如何に現代の多様な社会に答えることができる変化の仕方や実現可能なディテールがあるシステムを突き詰めていけるかどうかだ。それがなければ、ただの子供のわがままに過ぎない。

建築サイドからしてみれば、もっとリアルな形がある風景がほしかった。場所性とでも言うのか。
東浩紀は場所なんて必要ないというかもしれないけど、山本理顕はこんな時代だからこそ拠り所が必要だという。そんなそれぞれの主張が甲乙付けがたいくらいにビリビリとせめぎ合う場こそが本当に今必要なんだと思う。頭を抱えて悩んで苦しんで、これからの都市が本当にどうなってほしいのかを真剣に考える人が今の若い世代にどれ程いるというのか。楽観主義なんていらない。悲観主義ももちろんいらない。バチバチと戦う場所がほしい。
icityにはそんな若者を呼び寄せて、血へど吐くような議論を展開できる場にまで高めてほしい。
これからもicityは続くようなので、vol.1での欠点を克服し、そこに期待していきたい。


そんなさ中、銀座をもう一度顧みた。

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もしクリストが銀座にやってきたら?  みたいな。
歩行者天国は日本の道空間の公共性を鮮明に告白しているようだ。
切り立つブランドビルに統一されたオレンジ色の膜が架かったら、細長い一室になって気持良い。

icityなるものがこんな大きな物から空間をすぐに創出できるようなものだったら楽しいと思う。
銀座の商いの賑やかさがその良さを引き延ばすようなやり方で場所性を獲得して、より多くの人々を呼び込むかもしれない。
機能からコンテンツを生むのではなく、場所を創ってあげてそこに自然に機能が誘発されていくのがいい。
これからの時代は、欲求を満たす為のものではなく、欲求を生みだすものが求められる。

そこを押さえていかないと、時代に永遠に振り回されてしまうよ。

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by tokup_nao | 2010-06-24 01:29 | 建築 | Comments(11)

鬼石多目的ホール

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設計:SANAA

前衛なき時代と言われているけど、私にとってSANAAは前衛ではないかと疑っている。
機能主義でも合理主義でも装飾でもないし、もちろん米・ヨーロッパのデコンの方々とも全く違う。なので、今までの時代に沿って、~~主義と名を付けたいところだが、当の本人から何か明確な主義・主張を発している訳でもないのでそうすんなりと『~~派』のように腰を据えてはくれない。
なので、あの空間に出会ったら、とりあえずみんなSANAAっぽいという。しかしいつまでもそんな表現では、私たちは一向にSANAAっぱさを捉えきれないままでいるようで、腑に落ちない。だからその『SANAAっぽさ』の確信にもうちょっと迫ってみたいと考えた。

そもそも、SANAAの建築の創り方は、大量の模型を創ることで知られている。それは刻々と状態変化する幼虫がサナギに変態しようとしている一瞬を捉えるような。または、未完成の美しい動的状態を補完しうる隙間を狙っているかのようだ。石上純也のKAITO工房の「曖昧な状態を創りたかった。」という発言にも同じものだろう。曖昧さは揺ぎ無い完成を意識させない状態を目指している。その不確定の美学が両者の間には共通意識としてあった。加えて、藤村龍至のアルゴリズム模型も同じであり、乾久美子のHIBIYA KADANで感じたたまたま箱になっている感覚とも共通する。藤本壮介やド・ムーロンでさえも最近の作品には、偶然落ち着いた形が選ばれているようだ。

実は誰も気づかないうちに、現在の建築界では、水面下で『不確定の美学』が大横行している。

では、なぜここまで『不確定の美学』が建築界で突っ走ってしまっているのか。
そこで私は大ざっぱに言うと、SANAAにとっての最終目標は、『空間を時間化』してしまおうとしているではないかと思う。時間の中に空間を溶解させようとしているのだ。
時間は刻々と変化していき、決まった速度で進み続ける。しかし、感情をもつ人間が、一度そこに足を踏み入れると、時間が早く感じたり、遅く感じたり。科学的には確かな速度で進むものだけど、人間が介入すると、たちまち変数化してしまう。それが時間だ。
その点、空間の歴史は、古代ギリシャを始めとする建築物から、今まで確固たる確かな存在を裏付けようとした歴史でもある。そこには、時間とは逆に確かなものへの憧れと熱望があった。確かなものこそ、権力の象徴であり、非自然的な、人工物の象徴であった。それが、SANAAが現れるまでの建築に対する私たちの空間概念であった。

しかし、今の時代を象徴するのは、不確かなものへの肉体化と言えるのではないか。権力者が見えない。不特定多数のテロリスト。googleやtwitterのようなweb上における、高速度で蠢く自由な媒体。生物・物理化学でも言われて続けている動的平衡に、ノイジーな変数が混じってドライブが掛かったかのような感じとでも言えばいいのか。

そんな時代を象徴するように、SANAAの空間も時間とおなじように、刻々と変わっていくような変数として扱おうとしている。不確かなものへの永続性を補完することで、そこでの空間が時間のような移ろい続ける響きを放つことを期待している。
少なくとも、私にとっては『不確定の美学』を持つ建築を訪れると、その建築が時代意識と共に、それまで感じたことのない美に接近することに、新鮮な驚きと感動を覚える。だけどまだ欲を言えば、物質的にみて、まだまだ今世紀の技術ではSANAAは完成しそうにないと思っている。だからこそ私は、そこに前衛の輝きを感じてやまない。その前衛の疑いが、最近では確信に変わろうとしている。


そんなこんなで、鬼石多目的ホールに行ってきました。前段が長かった。(笑)
鬼石こそ、たまたま選びとられたかのような形をしている。抽象的でありながら、かなり造形的な建物だと思う。その造形性に抽象化されることで手垢を残さないからいやらしさを感じさせない。この造形は自然に近い造形と言える。川が自然の気候や諸条件によって、たまたま必然的に丸く孤を描いたのと同じように、この建物もたまたまこの形になったような、そんな造型。不確定な余白を持ちつつこの形に何となく落ち着いたものだ。これからこの形が変わったとしても、何ら違和感はないだろう。これぞ『不確定の美学』の真髄なり。
この建築では、特に境界が不安定になるように注意が払われていた。

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体育館は周辺の建物の瓦屋根が見えるような開放的なものだった。隣の棟の曲線屋根も丁度良い見え方をしてくれる。

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体育館とホールを繋ぐ地価廊下は光を遮断し、気持ちを一旦ゼロにさせてくれるような役割がある。

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ガラスを鋭角に除くと、外部を拡張させるかのごとく、景色が映され広がる。

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近景では反射し、遠景では透過することで、その近景と遠景の境界を曖昧にする。外部と内部は溶解されて混ざり合う。

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ガラスはある角度を越えると通過せずに反射に切り替わる。そのためこのナスは半分消えている。

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その外部化された内部や、内部化された外部の隙間が通学路になっていて自転車が滑走したり、おじちゃんが車を突っ込みながら使いこなしていた。

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この日は地元住民による盆栽展がやっていた。お爺ちゃんお婆ちゃんたちは、みんな良い顔してました。一人は、しきりに建物の写真を撮っていた私に話しかけてきて、この建物の悪いとこ良いところを語ってくれました。まるで、世話が掛かる自分の子供のことを話すように。

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とにかく熱い日で、日陰に避難するスー。

まあかなり変な建築だけど、これでも十分使えることがわかったし、地元住民も楽しそう。
あのたまたまできたスペースを、自分達の思うままに使っていて楽しそうだった。町の人たちは、みんな誰もがお隣さんのようで、見ていて心地よくもあった。恐らく、この建築を使いこなせるこの町はいい町なんだろうと想像する。治安の悪い場所では、この建築は成立できないのではないだろうか。そういう意味では、理想の社会像を追求する建築なのかなと思う。
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by tokup_nao | 2010-05-06 00:06 | 建築 | Comments(4)

篠原一男と現代の狭間

ふたつの住宅論~篠原一男と私の住宅~
桑沢デザイン研究所1階ホール
2010年04月25日 ~ 2010年04月29日

篠原一男の全住宅を1/30で体感。

4月25日には対談イベントがあり、パネリスト:入江経一(建築家、岐阜県立国際情報大学院大学教授)、鈴木明(神戸芸術工科大学教授)、大松俊紀(桑沢デザイン研究所専任講師)を迎え、熱い対談が行われた。
篠原一男の元で働いていた入江氏からは、篠原一男を内側から解体していくように語られた。篠原の人柄を中心に、その当時どれだけ篠原一男がもがき苦しみながら住宅を設計していたかが、伝わってきた。新しい住宅を考えるときには、研究室ないでコンペをやって、長谷川逸子の案が発展して「谷川さんの別荘」ができた話しなど、とても興味深かった。篠原一男の論文や文献をいくら読んでも出てこないような、篠原の貴重な一面垣間見れて良かった。
そして、この対談イベントの目標は「篠原一男の功績から、現代に行かせるようなものは何か?」ということだった。あれ程、注目し、誰もが知っている建築家で在りながら、僕らは篠原一男を成仏させるようなこと何一つしていないのではないか?そんな疑問文として聞こえてきそうなテーマであった。
そこで、入江氏は現代の建築界の問題を、「何でもありで、何でもありだからこそ、何やっても相手にされない状況がある」と指摘する。それは、GAの取材で二川幸夫から「今は、(建築界は何が)どうなってんの?」という質問に共鳴したものだったのだと語る。一言で言ってしまえば、今の状況は「思想がない!」ということだと。
日本のサブカルが盛んになり、海外でも評価され、それが何かを考える前に大流行してしまう。メディアにしても経済にしても、どの業界も、思想が後から追いかけるような形になってしまっているのが今の世界の状況なのだろう。この状況が、90年代頃から建築を蝕んできているのを感じていると入江氏は話す。

ここで、篠原一男という建築家が、幽霊船のごとく深海から海上に浮上する。
篠原一男は研究室で、「やがて全面戦争になる」と生徒に幾度ともなく話していた。その戦争とは、後の構造主義を住宅に入れ込むような、思想の戦争だった。
病と戦いだがら、生死の淵を彷徨いながらその精神は育まれ、未完の家を代表とする光と闇の建築となっていった。入江氏が谷川さんの別荘で感じた「圧倒的な建築力」はこうして研ぎ澄まされていく。

私は思う。今を打開する手掛かりがあるとすれば、それを篠原一男に求めるのも悪くない。
もしかしたら、幽霊船は音を立てずに、もうそこまで来ているかもしれない。

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1/30の迫力ある篠原模型達。あれ?この住宅こんなデカイのか!という発見が多々。その隣には、建築を学んで二年の学生がつくる、不思議な建築が隣接する。
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多木さんの写真の撮り方や、当時の新建築での写真の反響を語る。
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入江氏が手書きで、篠原住宅の解析をさらさらと描いて華麗に紐解いていく。
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by tokup_nao | 2010-04-26 23:04 | 建築 | Comments(0)


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