カテゴリ:本( 2 )

建築家だからこそ兼ね備えなくてはいけないもの




久しぶりに安藤さんの本を読みました。

色々な業界人が出てきますが、安藤さんにとっては福武總一郎の存在がかなり大きいのだと思いました。
直島の安藤さん一連の美術館の仕掛け役です。

福武さんの他にも色んな実業家と交友が深い安藤さん。
様々な実業家やアーティストを虜にする安藤さんの魅力って何だろうって考えると、やっぱあの継続的な強い意思なんだろうと思います。TIMESビルで高瀬川に対して手摺をなくすのも行政への粘り強い協議があり、表参道ヒルズへの何年にも及ぶ地権者への話し合い。
建築に向かう継続的な強い意思がとてつもないんだなと思います。

でも、そんな強い安藤さんでもMOMAの個展の時にはすごく緊張したと書いてあって、なんだかホッとしてしまいました。
U2のボノや三宅一生さん、イサムノグチとのエピソードもおもしろい。

国立競技場のコンペで批判されていたりもしたけど、色んな人と人の繋がりでここまで来た人なので、
そんな批判はものともしないだろう。

そして、一番心に残った言葉がありました。

「経済は文化のしもべである。」 by福武總一郎

実業家から出てくると余計に、重たく心強いメッセージです。
日々、お金と睨めっこして仕事をしていると、だんだん目が曇ってくる気がします。
福武さんの言葉を色んな角度から眺めてみると、
文化って何だろう。どうあるべきなんだろうと考えてしまいます・・・。

安藤さんのように、仕事をつくる姿勢がそのまま文化をつくる姿勢になりたい。
そんな仕事ができたら最高ですね。
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by tokup_nao | 2016-11-12 08:27 | | Comments(0)

サンタクロースは存在するか

d0086747_2358019.jpg 10歳の少年は廊下の陰でこぶしを握りしめている。たまたま、クラスの友人が話しをしているのを聞いてしまったのだ。

「サンタクロースっていねーんだよーー、あれは大人がやっているだよー。」
「えーーうちにはちゃんと来るもん。サンタさんに手紙書いたんだよ。」

 とくに、何にも言うことができずに、そしてなんで自分がいらいらしているのかもわからない少年は、ただそこを立ち去るしかないのだ。小心者はいつもそんなもんだ。

 相当遅れてしまったが、なんでいらいらしてたのかを考えたい。
 この二人は、サンタクロースがいるかいないか、また誰なのかということを話しあっていた。でも、たぶんその時僕は、その会話はどう転んでもよくならない、と直感的に感じていたのかもしれない。サンタがいるかどうか、そういうことじゃない。まずは、いたとしたらどうするからはじめたい。もし、12月25日に地球をぐるぐる回っていたら、どのくらいのスピードが必要なのか。もし、体が透過さえすれば可能だろうか。プレゼントはトイ〇らスで年間契約をしているのか。どれくらいの負債を抱えているのか・・・。色々想像して楽しむのことがおもしろいのに、そんな夢を壊すようなことを言わないでよと、ダダをこねていただけなのかもしれない。サンタの価値は、想像することにこそ価値があるのに。でもそのダダが、今となってはとても大事なことのように思う。
 千葉に珍しくたくさん雪が降った日があった。男げある仕事にわくわくしながら少年がせっせと雪かきをしていた。やっとコンクリートの表面が見えたとき、慌てて妹が「あーー、やめてーーー!!」と懸命に止めようとした。あの感情に似ている。ダダはただダダではない。夢を壊さないで、ということなのだ。

 なぜ子供はいつもキラキラ輝いているのか。それは、非現実めいた想像を沢山持っているからではないか。デパートで行われるようなヒーローショーで、(本当は偽物だけど)実際にヒーローに会ってしまったた時の衝撃はどれ程のものか。DSを覚えたばかりの小さな子がポケモンをやっていて、本気で山にポケモンを探しに行く子が日本にどれだけいたことだろうか。そして、見つけ出せなくて落胆した子も計り知れない。常に夢の中を疾走する子供達にとって、現実はどれほどに絶望の連続であることだろうか。はたまた希望の連続か。

 ある大人はその小さな原石に向かって優しく励ます。夢を持て。持たない夢は叶わない。
 夢というと、ちょっとこっぱずかしくて僕には堂々と言えないけれど、もうちょい言いやすくすれば、想像することは無限の力だよ。だから心配しないで、かな。歴史を飛び越えることはまだできないので、当時の10歳の少年にそう告げることはできない。

 12歳になった少年は、ある真冬の満天の星空に包みこまれた露天風呂にいた。眼下には街の光がキラキラと光り輝く。よく見ると小さな光が列を連ねて忙しく動いている。肩まで湯に浸かってさえいれば温かいが、濡れた髪の毛がすぐにとげとげに凍ってしまう。宇宙には星がこんなにあるものなのかと、驚きと感動で心が満たされる。心と体が少し暑い同じ温度でゆっくりと溶けあっていくような心地よさ。
 そんな少年の心を見透かしたのか、とあるおじさんが宇宙の話をしてくれた。宇宙に比べたら、どれだけ自分がちっぽけな小さな砂粒のような存在なのか。銀河系のどこかで宇宙人は僕らを見つけて、じつはこの瞬間にお互いに見つめ合っているかもしれない。あの星の何万光年も旅をしてきた光がやっと君の目に届いている軌跡。その光はもう何億年も前に消滅してしまった星かもしれないこと。想像もできない程の膨大な歴史と空間の一瞬を今生きて、またそのことを話すことができていること。12歳には到底理解できないことも教えてくれただろう。ただ少年はその時できる限りに想像力を最大限にフル回転していた。すると、ついには夜空を見上げながら目から一筋の流れ星が落ちていった。何気なくお風呂のお湯で顔をごしごしする。心と体がとうとう飽和状態に達してしまったのだ。

 ジョン・レノンが歌っている。
「みんなが平和に暮らしているところを想像してごらん」

茂木健一郎も想像の力に賛美を送る。
 私は、ますます目に見えないやっかいなことに心を惹かれつつあるようだ。現代を生きる一人として、身の回りの現実の中での振る舞いに心を砕きつつ、本当に大切なことは、目にも見えぬしそう簡単には流通しないということをさらに確信しつつある。
 それはたとえば、もの言わぬ死者たちの姿のうちにある。現実には決して着地しない切ない心情のありかの中にある。言葉には表すことのできない微妙なニュアンスのそれぞれに宿って思わぬ時に魂を驚かせる。そのような事々に、いかに多くの時間を向き合うかということで、本当の生の充実を測ることができるように思う。(『脳と仮想』あとがきより)
 テレビのニュースや、ツイッター、フェイスブック。これらが共通しているのは受信者が想像させることをしないこと。それらは完結でわかりやすい事実事項を即座に淡々と発信できるところに価値があるのだから、その性質はこれからずっと変わらない。だから、ずっーとそれだけに慣れ親しんでいるととても危ない。
 もしそんな状況を10歳の少年が見たら、また何も言いだせないのかな。音楽も芸術も科学も建築だって、いつも何か見えない夢を想像し続けた。本気で鉄腕アトムをつくろうとする科学者がいある。本気で音楽で世界平和を歌う人がいる。物質的なものでもなく目にみえないもので、資本主義的価値観からは見つけ出しにくものではある。でもこんな時代だからこそ、想像や仮想やイメージすることにどれ程の力がるのか、その力が及ぼすプラスの躍動感と底知れぬパワーをみつけたい。だから、サンタが存在するかどうかを聞きたいわけではなくて、とりあえず近所の山にポケモンを探しに行く。そんな素敵な話はないじゃないか。
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by tokup_nao | 2011-05-17 01:40 | | Comments(7)


tokup.nao@gmail.com


by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)

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