銀座 アートについて

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http://www.sony.co.jp/united/canvas/index.html

ソニービルに宮原葉月さんのでっかな絵があります。
でも、どうしてもアートというより看板に見えてしまう。あ、あれか。という感じ。いや、東京では看板それ自体がどこ見てももうアートの要素が入ってるかな。
芸術とアートは違うものでありたい。
宮原さんのはアートでその中でも今回はgraffiti(グラフィティ)寄りになったように見えてしまった。(僕は個人的にはこういう絵は好きだけども、紙の上にいてほしいかもな。)グラフィティはさ、何ていうか、軽くて何物でもジャックできるもの。ジャックするってことは、必ず対象物があって敵がいて、アイロニカルな側面を持つ。ロンドンのバンクシーとかNYのバスキア、最近ではワタリウム美術館でも展示をしていたサンフランシスコのバリー・マッギー。バリーがグラフィティで主題にしているのはホームレス、浮浪者、街が排除しようとしているもの、隠そうとしていること、存在していないふりをさせられているものを取り上げ、みんなに見せること。
バリーのグラフィティと、宮原さんのソニーとのコラボってのは対立関係と協力関係という意味で関係性がまるで逆だけど。
都市にある壁に描くという行為は同じなんだなと思った。でもさ、スタイルとしての、アートとしてのかっこよさで言ったら断然前者だよね。商業の枠組みに入ると、どうしても、こう武士的な、生身の感じがなくなるというか・・・。
1970年代後半のネットがないときにアメリカで同時多発的にハードコア・シーンが盛り上がったような刺激といいましょうか・・・。

もしそれがアートならば。そのアートとして認知されたものが商品化してしまうのにどうしても抵抗を感じる。だから紙の上にいてほしいと僕は思ってしまう。
いつの間にアートと芸術の間に差ができてしまったとすれば、そこなんですよね。
なんでもかんでもアートだと言ってしまうのはどうなんだろうか・・・。
そもそもアートっていう言葉が広く使われ過ぎるのは良くない。色々なものを巻き込んで、犠牲にならなくていいものまでなってしまいかねない。新しい言葉が必要。アーティとかアートゥとかw 今あるような様々な側面のアートをもっとカテゴライズしてほしいな。ある一方ではわざとしないのだろうけどさっ。なんちゃらアートってのはよくあるけど。もっと根本的に突っ込んだカテゴライズって言えばいいのかな。
国立美術館に厳重に飾ってあるものまでアートと呼ばれているんだしさ。アートが悪いということではなくて、その言葉の使用方法が間違っている。
商業の波によって文化的質ががんがん下がっている。100年後にあれは悪循環だったと言われるんじゃないかな。アートが羽を広げて、芸術が機能不全を起こす日は来るのでしょうか・・・。もう来てるのでしょうか・・・。



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かぼちゃのモンブランのタルト
d0086747_0455637.jpg銀座のBerry cafeにて
すごく無機質な内装で、壁も机も椅子も黒くて、地面は打ちっぱなしのモルタルで
店員も黒くてみんな髪を後ろで一つに束ねてて、そしてお茶を出すときも何も言ってくれなくて、すごくSな雰囲気・・・。
お店も店員も何だか冷たい感じ・・・、

そんな中で唯一甘いのがケーキだけw

Mな人ははまるかも。
夜に行くのがおすすめ。
コンセプトがいいな。

値段がちょっと高いけどそれもこれがアートケーキと呼ばれているからかな。いやもちろんおいしいけども。
それ程しつこくないので、ヴォリューム満点なんだけど食えちゃいます。何人かで行けば分けっこして色々な味が楽しめるからお得。ごちそうさま。
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by tokup_nao | 2008-11-02 00:41 | 美術 | Comments(4)
Commented by TORU at 2008-11-03 00:02 x
はじめまして、SPの文化芸術をお伝えしたくて
ご挨拶に来ました。

芸術には変わらない真理があることで
その美しさが色褪せることなく続きます。
歴史に名を遺した優れた芸術家達は
その時(時代)に必要な真理を分かっていました。
それは、芸術の中に永遠の神を発見し表現して行った結果です。
あなたも歴史に遺る永遠の芸術作品を
ひとつの愛として完成させてみませんか?

SPでは「名古屋講演会」(ひとつの文化芸術が成る講演会です)を
推進頂くスタッフを募集致しております。
詳しくは「毎日神が語りかけるHP」SP管理者までお問い合わせください。

SPスタッフのTORUより
お知らせでした。
Commented by tokup_nao at 2008-11-03 14:20
TORUさま
こんにちは。
>芸術家達はその時(時代)に必要な真理を分かっていました。
いやぁ、果たしてそうでしょうか・・・。
芸術家は誰も悩んでいたと思います。わかっている人なんていたとは思いません。ゴッホなんて耳を切り落とし、モディリアーニもそうだけど、亡くなってから有名になった。ゴッホの『アイリス』なんて彼の人生を考えると今や66億円という皮肉的な値が付いているぐらい。もうお金の記号でしかなくなっています。ヘンリー・ダーガーを代表とするウトサイダーアートの人たちは特に自己完結している。芸術界にその時代の真理を見つけ出そうとしている人はいないのではないか。今や経済の歯車に取り込まれてしまったような状況に、芸術に永続性を唱えても悲しく響きわたるだけではないでしょうか。TORUさんが仰るようにそこに神(=真理を象徴する記号)が存在するのでしたら、芸術界はもっと不変的でつまらない歴史が繰り広げていたでしょう。ピカソなんて自己破壊の連続だったし。
というのが僕の芸術に対する今の見解です。
意見は合わなそうですが、芸術を愛するものとしては同じなのでがんばってください。では。
Commented by TORU at 2008-11-04 10:10 x
なるほど、人の意見というのも芸術と同じで
見る角度によって様々な解釈があるのだなと思いました。
ありがとうございますm(_ _)m
Commented by tokup_nao at 2008-11-05 00:47
いえいえ、こちらこそ。自分とは違う捉え方で見ている人がいるんだと知るだけでも勉強になります。どうもいたしまして。


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