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by 徳田直之 (Naoyuki Tokuda)
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アンバランス色素ルーシー

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アンバランス色素ルーシー
主宰:DRIFTERS INTERNATIONAL
会場:横浜創造都市センター(YCC)3Fスペース
日時:2010年9月10日(金)18:30開場/19:00開演(トークゲスト:KIKI ・桜井圭介)


矢野くんがサマースクースに参加していたので、公演に行ってきました。

康本雅子がコンテンポラリーダンスの指導をし、永山祐子が空間デザインを、玉井健太郎がファションを、中村茜と金森香が広報を担当し、それぞれに学生が有志でサマースクールに参加し、それぞれの講師に指導を受けながら公演を創り上げるという流れであった。

公演を観てみて、率直な感想は、

若さのエネルギーの塊のよくわからない物体Xに遭遇してしまった。

ような公演だった。始まりから、男女が踊りのようなものを混ぜながら服を脱ぎだして、何だか早脱ぎ対決をしている。また、女性の細い体と白い白い肌着から醸し出す若さのエネルギーはこっちをドギマギさせる。いったい何が起きているのか?これから起こるのか? その会場にいた観客はただ呆然と混乱の中、その一部始終を目撃する。

ただただエネルギッシュに進むコンテンポラリーダンスに置いていかれないように僕も必死にしがみ付くように目を見開き、その一部始終のすべてを見ているのに、いつまでも断片的にしか掴みきれない歯がゆさを感じる。見ようとすればするほど、自分がどんどんアンバランスになっていく。
がしかし、それでいいのだ。それがそもそもこの公演の狙いだった。

キックオフレクチャーでお天気の森田正光は以下のように話す。

私たちの体は「行き当たりばったり」で出来ています。海で生まれた原初の生命は、クラゲのように漂うだけでした。
しかしある時、栄養を取り、木に登り、空を飛びまわるものが出てきました。計画なんてありません、ただ周りの環境に合わせただけなのです。
アフリカ大陸で発見され、ビートルズの曲から命名された猿人ルーシーも、環境に適応した生命のひとつ。ルーシーの子供たちはどんどんと広がり、やがて私たち人類の祖先へと繋がっていきます。
木の上にいた私たちの祖先は、天気の変化に合わせて地上に降り新たな知を求めて世界中を旅することに決めました。紫外線から体を守るため、メラニン色素を体にたっぷりと含んで。
彼らはあらゆる場所を目指し、周囲の環境に合わせて色素や環境を変化させながらどんどん広がっていきました。そうして今、子孫の私たちはここ横浜にいます。
誰かが言いました。強さでも賢さでも美しさでもなく、ただ変化に適応したものだけが生き残る、と。
世界は一定ではありません。自然も社会も人間もアンバランスとバランスの間を揺れ動いています。私たちはそんな世界に合わせて、軽やかに変化していく存在なのです。


バランスを保つことができるものが、生き残れるのなら、バランスを失ってしまうと感じることは、正に世界に接触していることを真に感じることができていることだと思うのだ。公演ではダンスだけではなく、言葉を使った台詞のやりとりもあった。そこでは、悩みを相談する人がいて、聞く方はそれをよく理解してもらえないような会話であった。言葉を駆使してしまった為に余計にお互いがねじれてしまったかのようなやり取り。バランスを取ろうとしたつもりが、もっとアンバランスに方向に面舵いっぱいしてしまったようだ。もっともバランスがとれているときは、光と音楽に揺られながら体を動かして、メラニン色素の次元まで踊りだしている瞬間その時間空間であった。

公演が始まって → ドキューーーーン → 公演が終わって。 あ、拍手しなきゃ と思って拍手をした感じ。あの会場の誰もがアンバランス色素ルーシー状態化してしまった。

一般的に公演をやる時は監督みたいな絶対の力を持っている人がまとめ上げる形をとるが、この公演は学生が主体だったのでそう簡単にまとまることができず、かなり苦労したようだった。期間もかなり短かかった。
でも、アンバランス色素ルーシーはそれで十分フィットしていた感じがする。
人間の根源的な躍動と混乱を現わせたように思う。だから男と女を対比的に扱った全体構成も合っているし、プリミティブとモダンを掛け合わせたようなコンテンポラリーダンスもしっくりきた。

ダンスが主体となりファションコースと建築コースが盛り上げるという形になってしまったのも公演という形にするには必然的のように感じるが、もし、もっと新しい表現の仕方を模索するならば、ファッションショー的なるものや、人がいなくなって空間証明だけが暴れだすような展開があっても良かった。もし、それぞれのコースをもっと並列して表現するならばの話しだけども。

空間構成に関して言うと、ダンスと連携しながらカーテンの領域が拡張し空間が変化ていくのはよかった。がしかし、奥の壁がなくなるにももっとダンスやファッションとの関わりがあったら良かった。それぞれが相互に物理的に影響し合いながら空間が変化していくことをもっと感じたかった。

また、公演が終わってから、永山祐子に怒られている矢野くん+鈴木くんの照明コンビが面白かった。

でもこの、わけわからないものをやり遂げるエネルギーには恐れ入った。
そのとき感じたエネルギーを少しでも残しておくため、ここに記す。
Commented by tokup_nao at 2010-09-15 22:12
森田さんのはパンフレットからいちいち書き写したよ(笑)

舞台美術はどうやっても周りとのコミュニケーションを如何にされていたかが出てきそう。その分かなりハードだし難しい。期間も限られているし。建物とは全く違う力が必要になる一方、それを建築レベルで応用できたらすごく新しい可能性が開けそう。せっかく経験したんだから、そこまで考えられたらいいね。

若いうちに沢山怒られるべし!

また何かあったら呼んでくれ。
by tokup_nao | 2010-09-14 02:03 | Trackback | Comments(1)