沈黙を破る、生きられた家。

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建築界の怪人・真壁智治さんを招いた堀越研の読書会。第一クールが終わった。


M1を中心に一年を通しての堀越研の研究テーマである「日本的なるもの」の関連書籍を読みまくる。


一ヶ月で決められた本を一冊~三冊を読み、それをレジュメでまとめ読書会を行う。
本格的にテーマを決めて一年を通して読書会(勉強会)を行おうというものが初めてだったので、正直みんなどうやればよくわからず戸惑っていた。というのも、そもそも一番目の本が一番難しいという設定になっているのだから・・・。

一冊目は泣く子もちびる。

多木浩二著『生きられた家―経験と象徴 (岩波現代文庫―学術)

一言でいえば、強力な引力を持った惑星のような本。重力に負けて押しつぶされるか、エネルギーを利用して強靭な飛躍を得られるかは扱い方次第。

なので、僕らは細かいパラグラフ(6~8ページ)の間でそれぞれに多木さんが何を言おうとしているのか厳密に考察し図化し、気になった言葉を一つ一つ掬い上げながら網羅していった。

それでも
それでも
押しつぶされた・・・

真壁さんは言う。

「これはものすごく重層性を持っている。多木さんはいつも厳密に記述するということを意識している。」

学生の頃、多木さんの元へ通った青年は、今でも多木さんの本から多くのことを学ぼうとしている。その姿勢なんだ。


でも、難しいと言われる多木さんの本は、その厳密な定義の分、わかった時が恐ろしいぐらい的確で微動だにしないイメージが現れてくる。
例えば、一つのAという事象を説明しようとするときに、様々な角度からメタファーを通じて語ったりする場面で、そのメタファーが持つイメージを共有することによって、そのAという事象を潜在的に伝わってくる。


また、この本は今読んでこそとても意味がある。
この本の原型は1976年の単行本であった。そのとき、ずっと篠原一男の住宅の写真に収め「住宅は芸術である」をプッシュアップしていた存在が、その作家性あっての建築家の作品を否定するような本「生きられた家」を出してしまったのだ。喧嘩別れするのも納得できる。(この本の時代背景は最後に出てくる大室幹雄さんの解説を読むといい。)
というのも、当時の建築界の潮流とは真逆の本を出していた。しかし、当時東京造形大学で教壇に立っていた多木さんの講義を熱心に聴講していた一人の女学生がいた。それが妹島和世だ。また、篠原一男の系譜は坂本一成、アトリエワンということになるが。どちらも篠原一男とは真逆の日常や生活が前面に出ている。長谷川豪もしかり。篠原一男は反面教師だったのか・・・。つまり、敵の敵は味方。

そうことなのだ。76年から四半世紀以上経った今、ゼロ年代の建築がやっと今、多木浩二の密林に足を踏み入れた。
建築からは最も遠い地平性を歩いていたように見えた多木さんが、ふと気づくと目の前をてくてくと歩いている。
その足どりは今も変わらない。




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これは第六章の「時間のない家」の部分を図化したもの。自分がどう理解しているのかわかってくる・・・かも。
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by tokup_nao | 2010-08-02 00:27 | 建築 | Comments(0)


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