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![]() 正義のほとんどが人を狂気においやる 戦争が起きるとき、両国が正義の名の元におっぱじめる 国の数だけ正義があるからしかたない だから良いことほど心を魅了するほど、とても怖い でもそうなったらもう本人はそう信じているので、誰にも止められない 信じることは良いことなので、止められない 壊れるまで止められない もちろん個々の人間もしかり それぞれの常識が、他人から見れば狂気なんじゃないか、というところまで追い詰めていく この絵は近藤聡乃さんの絵の模写 KiyaKiya 怖い絵をたくさん書く人なんだけど、ぼくは鉛筆でだらだらっと書いたような絵がなにげないものがすき 日常の中で、こたつに入りながらゴロゴロして、だらだらと妄想を膨らましていった絵のような気楽さ でも、その中にもちょっとドキっとするものが放り込まれている 小津安二郎がカメラの位置を床上三十センチまで下げて、その日常を何気なく撮っているような そのリアリティが胸にぐぐっと入り込んでくるようなドキドキ感 日常から非日常への扉は、ふとした瞬間に開かれる 妙喜俺のにじり口から中に入った時の感じを、もっと卑近な表現をとるなら、背すじの中へサッと何ものかを受けた感じである。私はゾクゾクとして全く我を忘れた。(堀口捨己『利休の茶室』) 入り込んだときには、もうなかなか戻れない 利休が秀吉に切腹させられたように もう戻れないところまで行ってしまうことがある それでいいんだと思う 今、磯崎新の『栖十二』を読んでいる。あと三つくらいで読み終わる。いま読んでいるところはレイクショア・ドライブアパートメントのところ。コルビジェは窓から見える風景や、その近くのベンチなどをふんだんにデザインしていたけど、レイクショアでは均一なガラスが並ぶだけで、じゃあいったいミースはここで何をデザインしたのか?? という言葉の続きを読むところです。気になりますね・・・。答えはなんでしょう。 栖十二 (住まい学大系) 答えは次回の投稿で。もしくは読んでくれ。 それにしても、磯崎新の建築を読み込む深さははんぱない。ただただ、感服してしまう。 若い建築家にも、批評家でもいいけど、磯崎新のような本を書く人がいてほしい。
野見山暁治展
2011年10月28日(金)〜2011年12月25日(日) ブリジストン美術館 ![]() よく学生のころ、この設計が終わったら自分が変われるかもしれない・・・、また違うステージに行けるかもしれない・・・、この建築が完成したらどんな風になるんだろう・・・、他の誰でもなく自分がこの建築の最後をみてみたい・・・、といドキドキ感の中で設計を行っていた。あの感覚はゾクゾクして癖になる。あの感覚はものづくりの人に共通するものだと思う。 ズントーが言っていた。「建築の為なら人を殺す以外のことなら何でもできる。」 あの狂気にたどり着きたい。バガボンドで武蔵が炎のような気持ちになって夢中で刀で切り合い技を昇華させていく。あの感覚がヒリヒリと気持ちに突き刺さるほどわかるときがある。 一方で体を残酷な程追い込み、一方でワクワクとした気持ちが加速していく。死んでこの世から亡くなるまで、もう誰にも止められない。 野見山暁治の絵からはそんな狂気的なゾクゾクとワクワクが感じられた。こんな画家が日本にいたのだと、そしてまだご存命なのに驚いた。絵の前の椅子に座ってずーっと一緒に居たかった。出来ることならハグしたかった。美術館を出るのが惜しまれた。肩をポンと叩かれた気がして振り向くと、もうそこには誰もいなかった。そう、僕は一人で歩き出して、自分の手であのドキドキに飲み込まれなければいけない・・・。 あの夜、門前仲町のバーで僕はあなたに呟く。 「鬼になりたい・・・。」
修士設計で三つの建築を構想した。
そのうちの未公開のスケッチをここで載せることにしよう。 誰にも見せられることのなかったスケッチが可哀そうだから。 「地段の家」 ![]() ![]() ![]() ![]() いつもだけど、初期のスケッチはすごく衝動的に突き動かされて書いている。もっとも自由なときだ、その後に、説明しようとして、余計なとこを省いたり、洗練されていく。 断面にはどんな屋根にしようかな、と思って色んな形の屋根がごちゃごちゃと試しに書いてある。大きな場所もあったらいいなとか。 でも、三次元モデリングCADでエイと創ってみると、余計なところがどんどん省かれる。時間もないので、集合住宅には必要なさそうなので、結局大きな空間は創られなかった。でも、建築に説明できない部分を残しておきたい、ということはいつも思う。ロブ・クリエの建物にくっついてる変な彫刻のような、謎が多く残る村上春樹の小説のような。そこに誰にも溶けない謎があるとき、その物語がずっと続いているような気がするから、そんなものを建築にもちゃんと残してあげれたらいいなと思う。 このスケッチの中で僕は地下一階が一番気に入っている。 平面図でもあり、絵でもあり、ダイアグラムでもあり。集合住宅で分離されながらも、くっ付いていたがる人々が現れたスケッチ。人は誰かと一緒にいたいと思うと同時に、一人にもなりたいような気持が同居している不思議な存在。この集合住宅にはこの不思議な気持ちを残しておきたかった。そんな雰囲気のある場所は、僕のことを理解してくれているようで、ほっとする。これからどうしていくか、ではなく、現在進行形の自分の様々な断片をどこかに残しておける場所が必要だと直感的に思う。今の時代は。 スケッチに話を戻そう。 あなたは篠原一男のスケッチをみたことあるか。 ゴリゴリと机に鉛筆の音が響き渡るかのような、そのまま鉛筆がボキっと折れてしまいそうな力強いスケッチを。あのスケッチを描いている篠原一男は何かにとりつかれたかのように身体中で描いていそうだ。 相当な伝えたい思いがないと、あそこまで描けない。 はっきり主張のあるスケッチは早い。そして、強い。 ズントーのスケッチも篠原一男と同じ種類の匂いを感じさせる。バルスのスケッチからはこの陰影を表現したいんだよ!!というダイレクトな初期の熱い思いが飛び出してくる。建築化されたときには、その思いが時間と空間を宿して僕らを包み込む。 あんな心躍る熱いスケッチを僕もいつか描けるようになりたいものだ。
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